Fere libenter homines id quod volunt credunt.
  • 06«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »07
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


人生のリターンゲーム
2009年07月12日 (日) | 編集 |
最近ついってばかりですが、たまにはブログのほうも更新しないとね。
昨日、テニス殿堂入りのセレモニーが行われました。誰もが知ってるモニカ・セレス、全仏優勝者のスペイン人Andres Gimeno、デ杯でも活躍し引退後はアーサーアッシュなど選手のマネージメントに貢献したアメリカ人のDonald L. DellとDr. Robert Johnsonがめでたく殿堂入りしました。
今日はせっかくの機会なのでセレスの話を。ジョン・ワーザイムさんがSI.comのコラムに書いていたのがとてもすばらしい内容だったので、それをここでご紹介することにします。


今から20年前、一人の天才少女がテニス界に現れました。モニカ・セレス。当時15才だった彼女は、それからわずか2年の間に2つのグランドスラムを制覇し、WTAをリードする存在になりました。
グラフがゴールデンスラムを達成した直後に現れたこの新星に、新たなライバル関係の確立をだれもが確信したでしょう。実際、1991年から93年の全豪までの間に、出場した8つのGSのうち7つを優勝するという偉業を成し遂げました。勢いは完全に、セレスにありました。

フォア、バック両サイド両手打ちで、大声を放ちながら打つその様は必ずしも美しいとは評されませんでしたが、どちらからでも力強いショットを鋭いアングルに放つ、その情熱的なスタイルは、女子テニス界に「パワーテニス」をもたらした先駆者ともいえるものでした。
「(昔の自分のビデオを)見て、いいプレーをしてたわね~って思うのよ」。まるで別人のことのように笑ってそう話す35才の現在のセレスです。

1993年も全豪を当然のように制し、前年と変わらぬ活躍を誰もが確信していた。その3ヶ月後、あんなことが起こってしまうなんて、誰も知る由もなく。

全豪を制してから約3ヵ月後の4月30日、全仏の前哨戦としてハンブルグで行われていたクレーの大会、QFでマグダレナ・マレーバと対戦中のセレスは、コートチェンジで椅子に座っていました。そこへいきなり一人の男が現れて、セレスの肩にナイフを突き刺しました。男の名はGünter Parche。
彼はグラフのファンであり、グラフの女王の地位を脅かす存在であったセレスをあやめることでグラフの優位を守ろうとしたのでした。呆れるほどに身勝手で、幼稚で、恥ずべき行為。
テニス界における最大の悲劇が起こってしまいました。

それ以降セレスは約2年間ツアーから離脱。そしてすでに11のグランドスラムタイトルを持っていたグラフはその間さらに6つのGS優勝を重ねたのでした。Parcheの望み通りになったのです。

刺された傷自体は数ヶ月で癒えましたが、当然セレスの精神面は計り知れないダメージを受けました。”darkness”と彼女自身が表していますが、その2年間を経てツアーに復帰したのは95年。しかし、以前の誰も寄せ付けない最強のセレスでは、もはやありませんでした。彼女が種をまいた「パワーテニス」を受け継いだほかの選手のパワーに対抗できなくなっていました。
そして過酷な運命はさらにセレスにおそいかかる。コーチでもあり父親のKaroljさんが、胃癌に罹患し98年に逝去。一方セレスをどん底に突き落としたParcheは精神治療が必要とされ、2年間の執行猶予つきの有罪となり、一度も刑務所で暮らすことはありませんでした。

復帰を目指すセレスにとって一番のネックになったのは、中毒でした。ただし薬物でもアルコールでもありません。それは、「食べること」でした。



[READ MORE...]
スポンサーサイト

シンプル・イズ・ベスト
2009年05月21日 (木) | 編集 |
私はナダルくんが大好きだけども、ある時期からあまりナダル君のことを書かないようにしている。それは、…あまりに思い入れが強すぎるから、書いてるとなんだか気が狂ってきてはちゃめちゃなひどい文章になってしまうからだ(それはいつものことだけど)。実際過去に自分が書いたものを見返すととんでもなく無様で全部消去してなかったことにしたくなる。。。そんなアホな自分に嫌気がさして書くのをやめたりしたのだが。でもまあ全仏直前でもあるし、たまにはいいか。
というわけで、今回は久々にナダルくんの話。

このところウィンブルドン、五輪、全豪など土以外のサーフェスでの活躍が目立つようになり、クレーコートスペシャリストからオールサーフェスプレーヤー(造語)への脱皮に成功したといっていいわけだけど、その分クレーでのプレーが少なくなり、もともと得意なクレーコートでのプレーが今ひとつしっくりいっていない、と以前語っていた。たしかにモンテカルロはちょっとまだしっくり馴染んでない感じがありましたかね。それでも、クレーキングの実力は健在で、今年も、いつもと同じ大活躍してくれています。

ナダル君が勝つと当たり前みたいに思えてしまうけど、よく考えたらとんでもない記録なんだよね…モンテカルロ5連覇にバルセロナ5連覇、ローマも4回優勝、全仏も4連覇中…さすがのブラッド・ギルバートさんも自身のサイトで、「こんな奴みたことねぇ~」とあきれている。

なんでこんなに強いのか?フェデラーもジョコビッチもなんであんなにがんばっても勝てないのか?
ナダルくんのこのクレーでの強さについて、今まで様々な分析がなされてきた。トップスピンの回転の多さ、左利きであること、強靭な体力、筋力、フットワーク、そして鋼のように強い精神力、などなど。

…そしてたどりついた結論:人間ではない。

おそらくそれらのいろんな要素の積み重なりなんだろうけども、私が思うにナダル君のクレーでの強さのもっとも大きな要因は、もっと単純な、シンプルなところにあるような気がする。
そしてその答えは、いつもこのナダルくんに悩まされ続けている前王者のフェデラーことロジェ君が思わずもらした一言に、凝縮されているように思うのだ。


[READ MORE...]
ローランギャロスの光と影
2009年05月18日 (月) | 編集 |
あまり長くならないように、がんばって短く書こう!と宣言したのもつかのま…あぁあいかんまた長くなっている…すんません。どうしても短くできん。今後努力していきます。

テニス選手は年間数十近くの試合をこなし、生涯に何百という試合を行う。そのひとつひとつにドラマがありその積み重ねなんだろうと思うけども、たったひとつの試合が、その人の選手人生を大きく変えてしまうことが、ある。

2006 全仏 準決勝
Svetrana Kuznetsova 5-7 7-6(5) 6-2 Nicole Vaidisova


14歳でプロ入りしたバイディソバは、順調にトップへの階段を上がっていました。翌年にはトップ100入りし、15歳でツアー初優勝、16才で東京を含むアジア3大会連続優勝も果たしました。ニックボロテリー仕込みの強力なフォアハンドとサーブを武器に、ランキングはうなぎのぼり。当時東京で勝ったときは「シャラポワ2世」なんていうトンデモな形容もされましたが、180cmを越える長身にブロンドの端正な顔立ちという年齢を感じさせない容姿も手伝って、一気にスター選手の仲間入りを果たします。人気だけでなく、実力でも、その年15位まで上昇、次世代を担う若手として期待は高まるばかりでした。

そして迎えた2006年、彼女は全仏で新たなステージへ踏み出しました。4回戦では当時女王のモレスモを破り、QFではヴィーナス・ウィリアムスを撃破しGS初の準決勝進出。そしてその準決勝も、クズネツォワを相手に第1セットを先取し、第2セットも先にブレイク、5-4で自分のサーブを迎えます。バイディソバの勢いはもう誰にもとめられないように思われました。初めてのグランドスラム決勝が、彼女にもっとも大きく近づいた瞬間でした。

…しかし、その第10ゲーム、人が変わったように、ミスを連発してしまいます。今まではちゃんと打てていたフォアが、どうしてできないのか…そして最後はダブルフォルトで、ゲームを落としました。
その後はタイブレに持ち込みましたがやはりミスがたたってそのセットを落としてしまいます。最終セット、最初のサービスをブレイクされ0-3となり、流れは完全にクジーにいってしまいました。

その後のバイディソワのキャリアには影が差し始め、大きな舞台や接戦でなかなか勝てなくなっていきます。翌年の全豪もSF進出しましたがセレナにこちらはストレートで敗れました。同年のウィンブルドンではイバノビッチと、全米ではペールと大熱戦となりましたが、いずれもファイナル5-7で敗れました。最近では、ステパネクの恋人ということくらいしか話題にならず、テニスサイトでも彼女の名前を見かけるのが難しくなっています。現在のランキングは、58位です。

2007 全米 準決勝
Svetrana Kuznetsova 3-6-6-1 6-1 Anna Chakvetadze


チェクもプロ入りして順調にキャリアを積み重ねていました。年を経るごとにランキングは上昇し、2007年には20才にして初のトップ10入り。この当時の女子テニス界の傾向であったハードヒット一辺倒の中で、パワーでの劣勢をカバーする「クレバーテニス」がヒンギスを彷彿とさせる、と評価されていました。同年代で同国のスター、シャラポワとよく対比されていたように思います。そしてその2007年、注目のチェクはシーズンの勢いを持続し、全米ではGS初の準決勝進出。序盤クジーのミスにも助けられなんなくセット先取し、夢のGS決勝進出まであと1歩と迫りました。

しかし第2セット、クジーのミスが減ったのと同時に、チェクにミスが出始めます。第1セットの流れはどこへやら、残りの試合はいいところなく、敗退してしまいました。ファナルセットは試合中涙を流す場面もあったようです。

その年は全米の躍進もあってツアーチャンピオンシップへの出場も決めたチェクでしたが、翌年以降はなかなか大会でも上位進出できなくなることが多く、もともとパワーが弱い彼女はその勢いを徐々に失っていきます。今年に入って、まだ3連勝できていません。ランキングは、22位。順位自体は決して悪いものではありませんが、かつての活躍を考えると、物足りないと感じるのは、私だけではないと思います。

奇しくも両方とも相手がクジーというのは偶然でしょうが…もちろんこれはクジーのがんばりが立派だということもできるし、第1セットとって逆転なんてふつうにあること。しかし、それ以前と、それ以降の2人のキャリアを考えると、どうもこの試合が、彼らの人生を狂わせたポイントになっているように、思えるのです。

でも、この2試合よりもっと悲惨な、切なくなるような逆転負けが、以前にありました。それは5年前のローランギャロスでの出来事でした。


[READ MORE...]
僕らの街をとり戻せ
2009年05月09日 (土) | 編集 |
スポーツの世界では、「勢い」という言葉がよく聞かれます。一つの試合でも一つの大会でも一つのシーズンでも、勢いに乗った選手は、どんどん強くなり、恐れ知らずでつきすすむ。まさに最強といった感じで。しかし勢いというのは、長くは続かない。いつかは止まる。勢いが止まったときに、どう踏ん張れるか。そこが強さを推し量る上で一番重要なところのような気がする。

去年のテニス界は、「セルビア旋風」という言葉があちこちできかれました。セルビア人としてグランドスラム初制覇となったジョコビッチの全豪優勝、つづいてイバノビッチの全仏優勝、そしてヤンコビッチがランキング女王として2008年を締めくくった。No.1だけに許される翌年のオフィシャルガイドブックの表紙、今年のバージョンには、ヤンコビッチの姿が堂々と写し出されています。まさに、2008年は「セルビアイヤー」であったと、思う。
そして2009年、年が変わって、彼らをとりまいている状況も、少しずつ、変わってきています。今回はそれについて書いてみます。

イバノビッチが全仏優勝したとき、私は、エナンがやめた直後だっただけに、これで2人がかつてのベルギー最強コンビの後継者として、女子テニス界をひっぱっていく役割になるのではないかと感じていました。しかし、ことはそう簡単にはいきませんでした。イバノビッチはNo.1になったとたんに人が変わったようにその力強さが影を潜めてしまって、ウィンブルドンでも早期敗退、その後も早いラウンドで負けることが珍しくなくなっていまいました。ヤンコビッチのほうも、連戦のつけもあったのか、勝負どころでなかなか勝てません。しかしランキングシステムの恩恵か、大会にコンスタントに出ていた彼女はNo.1に徐々に近づきます。しかし周囲には疑問の声が。

「一度もグランドスラムの決勝にさえすすんでいない人が…?」

全米決勝進出でその不名誉な記録は免れましたが、彼女が女王というのを多くの人が受け入れがたく感じていたようです。

一方ジョコビッチのほうは。強くなるとアンチが増えるのは世の常で、彼に対しても中傷が多くなってくる。とくに全豪での家族の言動や、途中棄権が多いことに対しての仮病疑惑、それに選手のものまねも拍車をかけた感じもしないでもない。さらに、今年に入ってラケットを新しくしたのが影響したのかはわからないけど、誰でもこういうちょっと伸び悩む時期ってありますよね。今年に入っての3ヶ月は去年と比べるとややふがいない成績に終わっていました。そしてジョコがもたもたしてる間にマレイ君がどんどん力をつけて、追いつき、ついに来週、ジョコをランキングで追い抜くことが確実となりました。

…私は覚えています、いつだったか何かのマスターズシリーズかなんかで、ジョコが6-1 6-0くらいでマレイ君を圧倒して勝った試合を。大きな差があったはずの2人の力関係が、こんなになるなんてね…若さとは、すごい。

そして今週、セルビアテニス界がまたひとつ、新しい一歩を踏み出しました。国で初めてのATPツアーが開かれています。



[READ MORE...]
終わりではない、新しい第一歩
2007年12月29日 (土) | 編集 |
いよいよ今年もあと数日ですね。これが今年最後の記事になりました。年末は毎年恒例、今年引退した選手たちの特集です。

忙しくて書く暇もなく、本当はもっとたくさん紹介したかったのですが一部の人だけになってしまいました。それに今年は写真なしになってしまってちょっとさみしいですが、何せ時間がないもので。。。
みなさんツアー生活おつかれさまでした。ゆっくり体を休めて、第二の人生を、力強く踏み出していってほしいです。そして、元気な姿をまたみせてください。

それではみなさんよいお年を!


Kim Crijsters ベルギー 24才

・10年間プロとして活動 427勝104敗
・シングルスタイトル 34(うち2005全米) ダブルスタイトル 11
・グラフに憧れてテニスを始めた最も早いスター選手
・2001年全仏でベルギー女性初GS決勝進出、カプリアティにファイナル10-12で敗れる
・2003年全仏、全米、2004年全豪とエナンと決勝で対決し3連敗
・2004年5月左手首を痛めて戦線離脱、翌2005年復帰、全米で悲願のGS初優勝
・2000年からレイトン・ヒューイットと交際、婚約するが2004年の怪我の後破局
・2007年ワルシャワの大会を最後に引退、7月に結婚、来年出産予定


”勝った試合より負けた試合からより多くのものを学ぶものよ、だっていつも勝った試合のことは負け試合よりも忘れようと考えるから。”(2004全豪決勝後)


Martina Hingis スイス 27才

・14年間プロとして活動(うち3年間は中断)、548勝133敗
・シングルスタイトル43(うち全豪97、98、99、全米97、ウィンブルドン97) ダブルスタイトル37(15才で史上最年少でWBダブルス優勝)
・96年グラフを破る金星(ローマ)、初トップ10入り、ツアー初優勝
・97年3月に16才で史上最年少No.1、全仏除くすべてのGS優勝、勝率は90年代トップの0.938、と圧倒的な女王に君臨
・No.1在位は179週(連続ではない)セレスを抜いて歴代4位
・2003-05と現役を退く
・2006年より復帰、全豪ベスト8他3大会で優勝
・2007年のウィンブルドンで尿からコカインの代謝産物が検出され、引退宣言

”私のコートでの武器はただ一つしかない。勝つための技、技術、それだけ。私のテニススタイルでは成績を上げるためには(薬の力ではなく)それしかないのよ。”


Paola Sualez アルゼンチン 31才

・13年間プロとして活動 シングルス371勝239敗 ダブルス497勝179敗
・シングルスタイトル4、ダブルスタイトル44
・2004年全仏でシングルスベスト4進出、最高ランキング9位まで上昇
・全仏4回、全米3回、全豪1回のダブルス優勝(ルアノパスカルと組む)ダブルス女王として君臨した

”ウィンブルドン以外すべて(グランドスラム)優勝できたけど、私にとって一番の優勝は、2004年のオリンピックでとった銅メダルよ。”

Kenneth Carlsen デンマーク 34才

・16年間プロとして活動、266勝288敗
・ATPタイトル3つ獲得(98年香港、2002年東京、2005年メンフィス)
・94年にウィンブルドンでエドバークを破り初のトップ10撃破
・97年6月に自己最高のランキング41位を記録

”(最後の)試合が終わってシャワーを浴びているときはなんだか変な気分だったね。ロッカールームを去るとき、これが選手として最後なんだな、て思った。”

Justin Gimelstob アメリカ 30才
・12年間プロとして活動、シングルス107勝172敗 ダブルス 173勝158敗 ダブルスタイトル13
・ビーナス・ウィリアムスと組んで2度グランドスラムダブルス優勝


”僕が持っている記録のひとつに全米オープンでやった5セットフルセットマッチで5連勝負けなしというのがある。それはすごく誇りに思ってるよ。あとはよく痙攣してたことかな。”


Tim Henman イギリス 33才
・15年間プロとして活動 シングルス  シングルス496勝274敗
・シングルスタイトル11、ダブルスタイトル4
・男子プロテニス界屈指のサーブ・アンド・ボレーヤー、芝生コートを最も得意としていた
・94年初来日、ジャパンオープン出場
・ウィンブルドン96、97年ベスト8、98、99年ベスト4、2004全仏、全米ベスト4
・2007年デビスカッププレーオフで引退

”これは必ずしも僕にとって終わりではない。新しい始まりだ。僕の前にはいろんな新しいチャンスが広がっている。”


Carlsen To Call It Quits(Tennis Week)
Hingis Announces Retirement; Reveals Positive Test For Cocaine(Tennis week)
Argentine tennis's Saurez retires(People's daily online)
Retiring Gimelstob, Roddick draw laughs at U.S. Open(International Herald tribune)
Henman confirms retirement(sky sports)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。