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引退の花道
2005年09月03日 (土) | 編集 |
今日は男子では3回戦が行われますね。個人的には、やっぱりナダル君の試合が一番気になるんだけど、その後に行われるアガシVSベルディヒも、別の意味でとても気になっている。

アガシがいつ引退してもおかしくないと言われてからもう何年たっただろうか。人々がアスリートとしてのアガシに限界を感じるそのたびに彼はまた蘇り、去年もシンシナティ優勝、今年も1年ぶりにツアー優勝を決めた。そして今日に至っている。

アガシにがんばってほしい、勝ってほしい、と思う人は多いことでしょう。しかし、私は、ちょっと違うことを考えている。もちろん嫌いだとか、負けて欲しいとか、そういうことを考えているのではありません。ただ、アガシがどういう現役の終わり方をするのだろうか、ということに、とても興味があるのです。

この世の中、どんなものにも、必ず終わりがある。形あるものはいつか壊れる、生命は必ず死を迎える、楽しい休みもいつかは終わる。そして、アガシが現役を引退する日も、いつか必ず、くる。ファンにとっては辛いことでしょうが、先延ばししたって、いつかはその日は、必ずくるのです。だから、彼があとどのくらい現役を続けるかということは、重要なことじゃない。問題は、「どのように終わるのか」ということだと私は思う。

私が考える一番いい終わり方は、やはり若い選手に、完膚なきまでに負かされる、というものだと思う。もし、このままアガシが勝ち進んで決勝に進んだり、優勝でもしてしまったら、アガシはまた現役を続行しなくちゃならない。人間は欲からは逃れられないものです。一度栄光の味を知ってしまったら、できるところまでそれをまた求めたくなる。「金持ちほど金を欲しがる」ともいうように。ましてや、あれだけの栄光を手にし、アスリートして優れた能力を持っているアガシであれば、結果がでれば、まだまだやれる、という気持ちがより強くなるはず。

しかし、老いというのは、一定の速さで1秒たりとも絶え間なく続いていくものである。アガシが現役引退に二の足を踏んでいる間にも、確実に時の流れはアガシの体を衰えさせていくのです。そして、それに苦しみながら、耐えながらも若い人たちと同じフィールドで戦いつづけるアガシ。私はそんなアガシを見るたびに、胸が痛くなる。もちろんアガシがそれで幸せならばそれでもいいが、若いときと同じ、いやそれ以上の周囲からの期待と、自分自身の体の衰えの間に挟まってコート上で苦悩の表情を浮かべるアガシが、幸せそうには私にはあまりみえません。

それでもアガシが現役にこだわり続ける理由は何か。それは、テニスへの情熱、それのみでしょう。心からテニスを愛し、プレーすることを楽しみたいからこそ、続けられている。そんな彼にとっては、ラケットを置くということは、厳しいプロの世界でやっていくと決めたとき以上に勇気がいること。だからなかなか辞める決心がつかないし、周囲もそれを許さない。

そんなアガシが引退の決心をすることができる瞬間は、やはり、完全燃焼してもかなわない、つまり、「限界」を感じる相手に出会ったときでしょう。まあ王者ロジェ君は何度も限界を感じさせてきたと思いますが、彼は別格、という感じがある。実際、ロジェ君以外の選手にはまだまだ戦える。しかし、王者以外にもう一人、二人、限界を感じた選手が登場したとき、初めてアガシはキャリアにピリオドをうつ決心ができるのではなかろうか。

千代の富士は貴乃花(当時貴花田)に負けた直後に、引退を決めた。「体力の限界…!」と目に涙をいっぱいためてそう叫んだ千代の富士の引退会見の姿は、当時子供だった私の心にも強く焼き付いて、今でも昨日のことのように思い出せる。アガシにとっていま一番必要なのは、貴花田のような人物なのじゃないだろうか。引退の2文字を前にしてためらっている自分に、最後の背中を押してくれる人物が。決断というのは、自分ひとりでするのはなかなか難しい。それが人生を左右するような大きなものであればなおさらです。

たしかにモントリオールではナダル君に負けた。しかしあれは結構接戦だったし、3セットだった。5セットだったら、どうなっていたか、わからない。あの試合では、アガシは「限界」を感じることは、できなかったでしょう。ナダル君は、もつれた展開から勝機を見出していくタイプの人だから、アガシとしてもなかなか限界を感じにくい選手かもしれないね。

しかし、今日あたるベルディヒは、ちょっと違うかもしれない。長身で、サーブも早いし、ストロークもパワーだけじゃなく安定性もある。ネットプレーはそんなに多くはないけれど、それだけアガシと似た部分もあるだろうから、ストロークの激しい打ち合いになることも十分考えられる。アガシも、昨日のカルロビッチ戦で調子が上がっているようだから、もし、最高のプレーをして、それでもベルディヒに歯が立たなかったら、ひょっとして、アガシが大きな決断をする日もそんなに遠くないかもしれない。

重ねて言っときますが、私はアガシが嫌いだとか負けて欲しいとか、そういうこと言ってませんから!ただ、あれだけの栄光を積み重ね、テニス界に多大な貢献をしたアガシが、このままずるずる現役を続けていって、ボロボロになって最後の最後に尻きれトンボな終わり方をするのだけは、絶対にして欲しくないのだ。輝かしい栄光に満ち満ちているアガシだからこそ、その終わりかたも華々しくあって欲しいのだ。

アガシにとっての貴花田が、この全米で表れるのか、1年後、2年後になるのかは、誰にもわからない。でも、私は、絶対にそういう人物がアガシには必要なのだと思う。じゃないと、アガシはいつまで経っても現役をやめられない。「アガシにがんばってほしい」というのは簡単なことだけど、私は、そうは、書けません。負けるのは、別に恥ずかしいことでもなんでもない。若い世代が上の世代を超えるようになってこそ、その社会は発展していくものなのだから。

…こんなこと書いといて、今日ベルディヒがアガシにあっさり負けちゃったりしたら、ちょっとへこむな~。この文章はなんだったんだ、て感じ(笑)。まあそうなったらなったで仕方ないが。ベルディヒ、お願いだから、スコ負けだけは、せんでくれ。勝てとは言わないからさ…。
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