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ジェームス・ブレイク特集
2005年11月27日 (日) | 編集 |
@Getty Images


久しぶりにテニスネタ(笑)。今日はジェームス君の特集です。ジェームス君関連の話がちょっと集まったので、ここでまとめてご紹介。
私は彼とっても好きです。ジェームス君っていえば…全米でナダル君に勝ってしまって、あれ以来ちょっと素直に応援しづらい、と以前書いたことがあるが、まあそんなのは微々たるもので、とても好きなことには変わりはない。…なんかあの2人さー、また近く対戦しそうなや~な予感がするんだよな…しかも結構大きい場面で。全豪とかでまた当たりそうな…う~。こういう予感は当たるんだよな…ま、そうなったらなったでまいっけど~。

3年前、ワシントンでATPツアー初優勝を成し遂げたのが22歳のとき。そしてIMGと契約、さらにピープル誌からは「最もセクシーなアスリート」という称号も授かりました。彼はコートの中でも外でも「時の人」でした。

そんな絶頂にあった彼に、去年の5月、悪夢が襲い掛かります。ジネプリと練習中、ドロップショットを追いかけていったところが土に足をとられてネットポールにフルスピードで頭からぶつかり、体が地面に落ちる前に、まるでひもが切れた操り人形のように首がひどく曲がってしまい、頚椎を骨折。コートで動けなくなった彼の体を、痛みと混乱と、恐怖がかけめぐりました。その無残な姿を目の当たりにしたコーチで友人のブライアン・ベイカーは、麻痺という最悪の事態が頭の中をかすめたといいます。

「僕はたいがい楽天家でのんびりした性格だと自分で思ってるけど、あのときは本当に、恐かった。」と語るジェームス君。「そのぶつかり方を見て、コーチは僕が残りの人生を車椅子で送るのじゃないかと思ったそうだよ。そしてなんとか歩けるようになる日がくることだけを願っていたんだって。彼も僕と同じくらい恐かったんだと思う」。

不幸というのは時に重なるものです。その数週間後、父のトーマス・ブレイクさんが癌で亡くなりました。そしてジェームス君自身は、今度は帯状疱疹になってしまい、顔面の片側麻痺と視力、嗅覚の低下に苦しみます。

しかしその地獄の苦しみに打ち勝って、今年素晴らしいシーズンを送りました。ニューヘブンとストックホルムで優勝、さらに全米では、今後歴史に残る名勝負として語り継がれることであろう大熱戦を準々決勝でアガシと見せてくれました。

私が彼に好感を持っているのは、決して「悲劇のヒーロー」になろうとしていないところである。これだけの不幸が重なると、世界で自分が一番不幸な人間みたいに思えてくるよね。私などもうへこみまくっているだろう…。しかし、彼は決してそのことで周囲から同情を買おうとは露ほども思ってない。そこがまたいいんだよなあ。たしかに、世の中にはもっと不幸な人はたくさんいる。生まれながらに両親を亡くした子供たち、戦争で何もかも失った人たち…世界を見渡せば、こうやって生活できているだけで十分幸せなことなのだ。そのことを彼はよくわかっている。もちろんとっても辛かったに違いないんだけども、そのことをしっかり受け止めて、淡々と語っている。どんなに辛いことがあっても「顔で笑って心で泣いて」…やっぱそういう人が私は好きだ。後のほうでパトリック・ラフターとの触れ合いのことが出てくるけど、ジェームス君はラフターと同じようにすばらしい人物だと思います。

60 minutesに登場

アメリカで最も人気のあるテレビニュースショウといわれているCBSのドキュメンタリー番組「60 minutes」にジェームス君が登場するそうな。27日っていうから、もう終わったかな?時差的にはちょうど今頃なのかな?私はアメリカに住んでいないのでこれがどのくらいすごい番組なのかよくわからないけど、ATPホームページのNEWSヘッドラインにも載ってるくらいだから、相当すごいんだろうね。

去年のお父さんの死、ネットポールに頭部を強打して頚椎を痛めたこと、そして帯状疱疹で顔面麻痺になったこと、それを乗り越えて今年は見事に復活し、ニューヘブンで優勝し全米ではアガシとの歴史的名勝負、それらのことについて本人のインタビューを交えながらいろいろ放送されるのでしょうね。あまりにも激動の人生で内容がボリュームありすぎて60分で収まるかな…。

この放送は日本ではTBS系の「CBSドキュメント」という深夜番組で見られるらしい。…しかしそりゃ関東地区のお話。私んとこは、CBSドキュメントが写らない…ぢくじょぉ。見たいよお~RKBのバカやろう!つまんない深夜番組なんてやめてこれ放送してくれよう。

アーサー・アッシュへの思い

アフリカン・アメリカンとして初めて全米オープン優勝したアーサー・アッシュ。もう亡くなってしまってずいぶん経ちますが、すばらしいテニスプレイヤーとして、そして歴史を開拓した偉大な人物として多くの人の心に今も生き続けています。

そんなアーサー・アッシュの遺品のいくつかが、11月の中旬ごろ、North Boulevard にあるVerginia Historical Society(VHS)に展示されたそうです。まだ置いてあるのかなあ。よくわからんが。この夏にNYで行われたアッシュの個人的な持ち物のオークションでこのVHSがいろいろと手に入れたらしい。その展示品のひとつが、彼のHeadのラケット、Genesis 600モデル。92年にSports Illastated誌の「Sportsman of the year」に選出されたときの記念写真が、このラケットを持ってのポーズだった。そしてその写真は、今年の全米オープン開催にあたって、アッシュの記念切手として使われました。

そのほかにも、ラケットバックや個人的にアッシュが使っていたバッグなどが展示されているようです。しかしオークションで得られる品物というのは数が限られている。ここに展示されているのものの多くは、Anthem Blue crossとジェームス・ブレイク君が無償で提供したものなのです。

「アッシュとの強いつながりを今も感じてるよ。」ジェームス君はそう語ります。「テニスをして育つ中で、アッシュはコートの中でも外でも、僕にとってお手本なんだ。彼が残した形見のものが守られるのはとても大切なことだ」。

ジェームス君は小さいころ、アッシュと同じ部屋に同席したことがある。アッシュがハーレムのジュニアテニスリーグの練習コートに姿を見せたときのことでした。そしてそれ以来、ジェームス君はアッシュを人生の師と仰ぎ、その師の功績を後世に伝える役目を果たすと心に決めています。「93年に彼が亡くなったと聞かされたときのことはよく覚えてる。心にぽっかり穴が開いたようだった。何も考えられなかった。父が死んだときと同じ状況だった」。

同じアフリカン・アメリカンとして、アッシュの後継者として、ジェームス君が都合のよい解釈をすることはできない。アッシュは、卓越した才能を持った選手ではあったけど、その時代で誰よりも最も優れていた選手、というわけではなかったから。しかしアッシュは、テニスにおける人種差別撤廃のパイオニア的存在だった。あらゆるスポーツにはそのような開拓者がいるものだ。自らで道を開拓し、実践していったアッシュだけども、そのような人物の中でいつまでも変わらぬ名声を保つ人は、それほど多くはない。

ジェームス君は、マイノリティー(黒人)の選手たちと話す際でも、アーサー・アッシュの存在と彼の功績が忘れられかけていると感じ始めています。「彼(アッシュ)が今でも十分みんなに覚えられてるとは言えないだろうね。アッシュとつながりが深いプレーヤー…ワシントン、僕、そしてウィリアムス姉妹…僕らはアーサー・アッシュという人物の存在と彼の功績を人々の心に伝える役目がある。そして人々がアッシュに会える場所を作っておくことは、とても大切なことなんだ」。

そして最後はこのブログではもうおなじみ、ScoopさんのBiofile!これは5月に取材されたものです。


Biofile


ジェームス・ブレイク 1979年12月28日 NY Yonkers生まれ 

子供のころのヒーロー
テニスの人じゃなきゃだめかな?僕はマイケル・ジョーダンの試合への準備の仕方にとても感動してたんだ。そして彼がコートに入ったらいつも最強なんだってすべての人に示してた。

ニックネーム
ジュニア、JB、それからsquirt gun(水鉄砲)-ありがたいことにその呼び方はすぐになくなったけどね。 ハーバードで、いろんな人にニックネームをつける奴が1人いて、みんなたいてい彼からつけられたニックネームを持ってたんだ。兄(Thomas)はTommy Gunだったし。大学に入った最初のころは、5フィート4インチしかなくて、小さかったんだ、だからsquirt gunなんて呼ばれたのかな。

趣味
ゴルフ。うまくはないけど、楽しいよ。あとバスケも少し。

好きな映画
ブレイブハートと、グッド・ウィル・ハンティング。

好きな音楽
R&Bとラップ、クラシックロックかな。ドアーズとレッド・ツェッペリンにNotorious B.I.G,、Tupac、 Master P、Snoop Doggy Dogg、John Mayer、Brandy、R Kellyなんかがすきだな。

子供のころのテニスの思い出
ん~そうだな…11歳のとき、ロードス島のブラウン大学でNew England Openていう大会に初めて出て優勝したんだ。とてもうれしかったよ。それにとても重要だったね。

子供のころの夢
全米やウィンブルドン、フレンチオープンに出ること。子供のころは毎年全米を見に行っていたよ。実は1回か2回こっそり忍び込んだことがあるんだ!

はじめての仕事
10歳のときにBridgeport Postの新聞配達をね。5年続けたんだけど、とっても楽しかったんだ。兄貴と手分けしてやったよ。

最初の車
中古で、しかも兄貴のお下がりだったんだ。87年製の真っ赤なトヨタのセリカで、やたらとぶつけた後があちこちにあるんだよ。んでステレオがぜんぜん動かなくてさー、ステッカーを貼って、「The Harvard Mobile」て呼んでたなあ。

おもしろいテニスの思い出
兄貴と初めてダブルスを組んで出たのが97年の全米予選だった。まさかワイルドカードをもらえるとは思ってなかったんだ。それでコネチカットにゴルフをしに行ったんだ。ワイルドカードがもらえたか確認しようとも思わなかった。んでコーチや仲間とプレーするつもりだったんだけど、「一応行くまえに確認しといたたほうがいいんじゃない」って言われたんで確認しに行って、そして戻ってきてみんなにこう言ったんだ。「9ホールしかできないよ。1時間半でニューヨークにいかなくちゃいけないからね」。みんな僕が冗談言ってるのかと思ったんだって。そして大急ぎで車で家に戻って、ウェアに着替えて会場に急いて行ったんだんだけど、試合には遅れちゃった。まさかプレーできるなんて思わなかったんだもん。でもいい試合ができたよ。最後ファイナルセット7-6で負けちゃったけどね。相手はサングネッティともう一人は名前忘れちゃったなあ。でもとっても楽しかったよ。

試合前の心境
ゲームプランをいかに早くたてるかに力を注ぐよ。試合に出て行く前は、どういうふうにプレーするかということと、その試合に勝つことをイメージする。それはいつも感じていたいことだよ。だから決して驚いたりはしないよ。勝ってびっくりした、ていうふうには思いたくないのさ。

好きな食べ物
ピザ!

好きな朝食のシリアル
Golden Grahams。

好きなアイスクリームのフレーバー
プラリネ&クリーム。いや、ごめん、今はダブルのファッジ・ブラウニー(チョコレートとナッツを柔らかいキャンデー状にしたもの)が好きだなんだ。

素晴らしいキャリアの思い出
どんな試合でも勝つということはとても僕にとって大きなものだよ。全然期待してないことだから。トップ50、とか、そういう目標はとくに決めてなかった。大学に4年間いくつもりだったし。だから今はすべてのことが僕にとっては楽しいんだ。毎日毎日よくなっていっている気がする。今までで一番の勝利は2002年のワシントンでアガシに勝ったことかな。全米は僕にとって本当に大きい大会だよ。全米とデ杯より重要なものなんてない。国のために戦うこと、それに心血を注ぎ込むんだから。「アドバンテー、 USA」とか「ゲーム、USA」とかいうコールを聞くたびに、自分だけのためにテニスをしてるんじゃないって、わかるよね。

一番辛かった思い出
試合で負けるたびに、辛い気持ちになるよ。もう何も欲しくなくなる。でもそれがテニスだし、それも楽しみのひとつでもある。ジミー・コナーズがこう言ったようにね。「この世で一番好きなことは、コートに出てテニスをして勝つこと。2番目に好きなことは、コートに出てテニスをして負けること」。

見るのが楽しいアスリート
アメリカのテニス選手を見るのは好きだ。サンプラス、アガシ、ロディック、マーティン。そしてランディ・モス(NFLの選手)、僕はいつも彼のことが大好きだ。シャックは信じられないくらい素晴らしい。それからピアッツァとメッツ。タイガー・ウッズ。彼のやることなすこと全部見ていてとても楽しいんだ。ときどき彼が対処しなければいけない問題を考えるととても辛い気持ちになるけど、それも彼が選択したことだし、すごくうまく切り抜けていると思う。(あとロイ・ジョーンズJrやタイソンのことも言っているようだがいまいち意味わからんすいません)女子テニス選手では?ん~あまり多くは語れないけど、シュティフィ・グラフのプレーを見るのは好きかなあ。やることなすこと全部とても素晴らしかった。もう一人の偉大なチャンピオンは、パトリック・ラフターだ。古典的なプレースタイルで僕はとても尊敬していたんだ。シンシナティの3回戦で当たって負けたんだけど、その後彼は僕にこう言ったんだ、「君は僕に勝てたと思うよ。いつでも僕に勝つチャンスがある。たぶん君がそう信じてないだけなのさ」。…彼にとって、僕にそんなこと言わなくちゃいけない状況じゃなかったはずなんだ。ただ、「まずいプレーをした」とだけ言うことも可能だったはずだ。彼は自分の残りのトーナメントへの出場について悩んでいた時期だし、ロッカールームにはたくさんの友達がいる。もうそれ以上必要ないほどにね。彼は自信が持てなくて苦しんでいる小さな子供に手を差し伸べてくれたんだ。彼のあの日の言葉は本当に僕にとって助けになった。それまでの僕はツアーに自分の居場所を見つけられなかった。でもそう言われてからは、彼の言う通りかもしれない、自分もここでやっていけるかもしれない、て思い始めることができた。今は十分ATPツアーでやっていけると思えるよ。パトリックは僕のキャリアを決定的に変えてくれた人なんだ。

親しいテニスの友達
マーディー・フィッシュがたぶん一番の友達だね。でもほかにもたくさんいるよ。

人間において最も尊敬すべきもの
誠実さ、かな。最初から最後まで、何があってもずっと一緒にいてくれる。いつも頼れる。そういう誰かだね。


関連記事
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Biofile: The James Blake Interview(Tennis Week)
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コメント
この記事へのコメント
プラス思考
>サントライズさん

そうかあ…たしかに「60 minutes」だからって60分まるまるってわけではないですよね…(笑)。まあ20分っていうのもかなり時間をさいてはいるんでしょうけども。ていうか、あの番組にとりあげられるというだけでも素晴らしい、ということなんでしょうかね。

辛いことを敢えて幸福だった、と考えるのは本当に大変なことだと思います。私などいつもマイナス思考ばかり…(汗)…同じ人生なら、やっぱりどんなことも「いいことだった」ととらえたほうがたしかに得ですよね。なかなか難しいことですが…ジェームス君を見習ってなんでもポジティブ思考にならないといけないということですね!
2005/11/29(火) 21:59:57 | URL | さっち #-[ 編集]
ブレーク
60minutes観ました。1時間あるものだと思ってたのですが、20分ぐらいで何か次のコーナーに移ってしまいました。。。その次にまだ続きがあったのですかね?笑

内容は主にさっちさんがレポートした事と同じようなことでした。事故の経緯などを語り、コーチやロディックも軽く話したりしていました。感心したのは、ブレークはあの事故にあったことが逆にその年で一番の幸福であったと言っていた事です。大きな怪我をしたからこそアメリカに戻って最愛なる父の死に立ち会えた、といっていました。そういった不幸や不運な事をポジティブな方向に持っていくことが大切なのだとも言っていました。勇気付けられたような気がします。v-220
2005/11/29(火) 11:30:45 | URL | サントライズ #-[ 編集]
>asukamura2002さん

そういえば今年の全豪で対戦したレイトンの態度を批判していましたね。勝つために手段を選ばないという姿勢は彼には我慢ならなかったんでしょうね。
全米でアガシに負けたときに最高の笑顔を見せてくれたときは、なんとなく納得しました。車椅子生活になるかもしれないというところから復活した彼にとっては、勝負以前にプレーできるというだけで充分幸せなんだと思います。歴史に残るとまで言われたすばらしい内容の試合を尊敬するアガシとできた、それは勝負よりもずっと彼にとっては価値のあることだったのだと思います。

ジェームス君にとっては、勝つことは一番大切なことじゃないのかもしれません。少なくとも相手に嫌な思いをさせてまで勝ちにいくということはないと思います。それがプロ選手として間違ってるのか正しいのかはよくわかりませんが、勝負というのは時の運みたいなとこもあるし、あまりそれにこだわりすぎると精神的にはあまりよくないような気も…選手ひとりひとり考え方も違うだろうから、いろんな取り組み方があっていいんじゃないかと思います。レイトンみたいに相手をコケにしても勝負に徹するのもよし(笑)。んで、プロといってもやはり人間だし、一生懸命やって、負けたらしょうがない!くらいにちょっと楽に考えるのも悪くないと思います(^^)。

>よしぶーさん

ハーバードって、日本の東大より難しいと聞きました。そうだとすると彼は相当インテリですね!しかもスポーツ万能でかっこいい…天は三物も与えてるのか…やっぱ不公平な世の中だ…。
今年はたしかに前半は惜しかったですね。全豪も相手がレイトンだったし、RGもフルセットで負けちゃいましたし。でもやっぱハードコートは強かったですよね~。まあ「J-Block」の力も大きいんでしょうが…。

ランキングもずいぶんあがったからこれでもうマスターズやGSも本戦らくらく出場できるでしょうから、来年はさらに楽しみですね~!髪の毛はもう伸ばさないのかな?スキンヘッドは好きなのでこのままでいて欲しいです。中途半端に伸ばしてスポーツ刈りとかはちょっといやだな…。
2005/11/28(月) 19:34:40 | URL | さっち #-[ 編集]
ブレーク
彼はハーバード大学へ行き、そこでカレッジチャンピオンになりそこでプロになった異色な選手。
プロテニスをやめたら、ハーバードに戻り・・・あれれ、専攻なんだったっけ・・・忘れてしまったけど、また勉強したいそうです^^。

今晩その番組やったみたいですけど、見てませぬー。
あたしも初生観戦がブレークだったので、今年はずっと追っていきました・・・前半は惜しいことは何度もあるけどだめでね・・・。
最近の活躍に胸を躍らせている一人です!
2005/11/28(月) 18:32:07 | URL | よしぶー #-[ 編集]
こんにちは。ブレイク君の記事、とっても楽しく見させてもらいました。
私も大好きです。なんたってかっこいいし(笑)。
私が少し気になるのは今後の彼。元々すごく賢い人ですし、いろいろな経験を乗り越えてここまでやってきて、人間的にもグッと大人になったのはいいんですが、テニスに一番必要な「絶対勝つ!」というモチベーションを彼が持ち続けられるのかどうか…。
アガシ戦は私個人的に勝てる試合だったと思います。5セットタイブレークに入った時、彼の中で何か感じるものがあったはず。確かに大怪我からいろいろな事を乗り越えてきて、あの舞台に立てたということは、彼の人生の中で素晴らしい出来事なのはわかります。ただなんとなくあんまり勝ち負けにこだわってなかったような印象を受けました。
彼の人生の中でいろいろな価値観が変わってんでしょうね。それはそれでいいのですが、今後、勝負事に必要な「相手を叩きのめしてでも勝つ!!」という気持ちを彼が持つことができるのか…。期待しながら見守りたいと思います。
2005/11/28(月) 14:35:09 | URL | asukamura2002 #-[ 編集]
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