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ステパネク大特集
2006年02月27日 (月) | 編集 |
うわ、すすすステパネク、ろろろロッテルダム優勝してる~!うきゃー、やったあ~。こここ興奮して手が震えてしまうではないか。うれぴい…しかし私が完璧にスルーしてる間にツアー初優勝しちゃうなんてさあ。いつ優勝するかするかと待ち望んでいたが、ついに。しかもロッテルダムだもんなあ。この大きな大会で見事大輪の花を咲かせました。クライチェックに並んでトロフィーを掲げるステパネク…おおおお~感動的だああ~。この日をどんなに待っていたことか…いやーほんとにまじで嬉しい!あんまり嬉しいもんだから、今日はステパネク大特集しちゃう。あんまりステパネクのことが記事になることは少ないから、せめてここではこんなときくらい大フューチャーしないと。

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チェコの北東にあるKarvinaはうら寂しい炭田地帯。数十年の炭鉱業により海面には砂が混じり、その地に建ち並ぶ住宅は今にも沈んでしまいそうな感じさえする。国民的スポーツ選手になりうる若者をここで探すのは容易ではないだろう。しかし、石炭の熱がすぐれた金属を生み出すごとく、このさびれた街で生まれ育った地味で目立たないステパネクこそ、チェコのナンバー1テニス選手なのだ。

ステパネクのゲーム展開には華やかさはない。ほとんどのチェコ選手同様、彼はボールをほぼフラットに打ち、ビッグーサーブも持たない。しかし、ボレーもするしリターンが巧い。それはダブルスプレーヤーとして成功を収めた彼ならではのスタイル。彼は攻撃的で、レイトン・ヒューイット同様に、自分自身を奮い立たせるのと相手をいらつかせるのとの微妙な境界線上でプレーをする。去年のウィンブルドンでステパネクを破った18才のアンディ・マレイは、ステパネクのそんなコート上の行動を苦々しく語る。「彼は僕をいらつかせようとしていた」。「僕がミスしたときは特に目の前でそういう行動をとっていた」。

チェコNo.1としてトップ10も視界に入ってきているステパネクだが、ここまでにいたる道のりは華やかとはほど遠いものだった。

彼は挫折により自信喪失してキャリアの終わりにもなりかねなかった時期がある。そこから多くのものを学んだと、語る。99年には162位でシーズン終了し、翌年には275位、さらに2001年には547位までランキングが下がってしまった。

この流れを変えるべく、彼はある人に自分の今後のことについて相談した。その人とは、3人のグランドスラムタイトル獲得チェコ人の一人、コルダ。そしてこのコルダとの出会いが、彼のキャリアを大きく転換させることになる。



コルダはステパネクにこう言った。

「僕の言うとおりにすれば、来年の全米では本戦に出られるよ」。

コルダは気でも違ったのか?ステパネクは耳を疑った。ATPツアーの予選やチャレンジャーでもがいている選手に対して(彼はそれまでの2年間でATPツアーレベルで1試合しか戦っていなかった)発せられた言葉とはとても思えなかった。

ステパネクは悩んでいた。「一生懸命やっていたけど、試合でのプレッシャーのかかる状況をどうやってのりきればいいのかわからなかった。コートの上で自分の故郷のことを考えたり…とにかくプレッシャーをなんとか避けたかった。自分を信じることができなかった。完全に自信を失っていた。人生で一番辛い時期だった」。

しかし98年の全豪チャンピオンとの30分の会話で、ステパネクは自信が4割ほど上がったような気持ちになった。


そして2002年を迎える前のオフシーズン、オーストリアの山でトレーニングをしているときのこと。スキーリフトの乗り場にたどりついたステパネクにコルダがこう言った。「スキー板はここにおいていくんだ」。

へ?怪訝そうにステパネクがたずねた。「なんでスキー板を置いていかなくちゃいけないの?」

「君はこれからこの山の頂上まで歩いて登るからさ」。

「えー!?まじで?」

そして、コルダがリフトに乗って頂上へいく間に、ステパネクは積もった雪をかきわけ、足は棒になりながら、厳しく困難な山道を踏み越えて頂上に上り詰めた。「最後に頂上に着いたときは、叫びまくったよ」。

「でもそのとき初めて、限界にまで追い詰められていた自分自身と正面から向き合うことができたんだ」。あまりの興奮に昼食もスープを3回か4回スプーンですくって飲むのが精一杯だった。

そして。ステパネクは復活への強い意欲と厳しいトレーニングで2002年を迎えた。彼にワイルドカードの救いの手が差し伸べられることはなく、屈辱に耐える厳しい旅の連続だった。予選に出続け、2002年は9回予選を突破し、そして全米オープン、コルダの予言どおりになった。

2001年までの4年間でATPツアーレベルで2勝6敗しか上げられなかったステパネクは、2002年には17勝14敗と成績は飛躍的に伸びた。そしてランキングも。2003年は46位、2004年は33位と、相変わらず地味ながらも、着実に上昇していった。2004年にはマスターズシリーズで初の決勝進出も果たした。そして2005年は6月に自己最高の13位を記録。そして年間21位、初めてチェコナンバー1でシーズンを終了した。

「ほとんどのチェコ選手は25か26才になってからベストの成績を出すんだ」。27才のステパネクはそう語る。「ノバックは27か28才でベストの成績を出した。コルダはは30歳で全豪優勝した。僕らは大器晩成型なのさ」。

同じチェコの若きスター、20才のベルディヒはステパネクをこう語っている。「彼は予選を戦い抜くことでタフになった」。「ステパネクはたくさんのチェコ選手が直面する同じ問題にぶつかった。ジュニア時代はよくてもシニアは全然違うしとても厳しい。彼はアガシみたいな才能はないけど、自分の能力を100%引き出す術を見出したんだ。彼はファイターだし、メンタルがとても強い」。

そして後輩のベルディヒは、ステパネクのコート上の寡黙な姿とパーティでのはちゃめちゃぶりとのギャップについても語っている。ちょうどレンドルみたいなんだとか。「パーティでは欠かせない存在だよ」。「コメディアンみたいなんだ、コートの上とはまるっきり違うんだ」。


ステパネクは、ハード、クレー、グラス、インドア、コートの種類を問わず同じくらいいいプレーができる数少ない選手。それでも初タイトルは近くて遠かった。2004年のマスターズパリ決勝でサフィンに敗れて以来、何度も決勝、準決勝にすすんできた。しかしあと1歩がどうしても足りなかった。

しかしついに。昨日のロッテルダムで、ついについに。苦しんで苦しんできたステパネクの今までの身を削るような苦労が報われるときがきた。準決勝ではトップシードのダビデンコに競り勝ち、最後の関門はロクス兄。ランキングでも実績でもキャラのインパクトも自分が上。圧倒的優勝候補という立場と初優勝への重圧という最後にして最大の試練がステパネクに襲いかかる。

「僕は勝たなくてはいけなかった」。

シンプルにそう語るステパネク。プレッシャーにおしつぶされそうだった5年前とは、違う。自らにプレッシャーをかけ、それを乗り越える力が今の彼にはある。「楽な試合は予想してなかったけど、今日は楽にいけた。サービスゲームがすごくよかったし、ベストのテニスができた。8回連続エースなんて、今までやったことがないよ」。45分でストレート勝ち。見事な勝利、そして優勝だったと思います。

Tomas Krupaは、ステパネクが一番つらかった2001年の時期からコーチとしてともに過ごしてきた。「結果が出ない厳しい時も、彼はいつかやるだろうと思っていた」。「これから1年後、2年後に彼はベストのテニスをする時期がくると信じている」。

5年前の自信喪失していたステパネクはもういない。彼は変わった。今は、試合での厳しい局面やチェコナンバー1という責任やプレッシャーも楽しんでいるようにさえ感じられる。「みんな勝つのが好きなのさ。故郷では子供たちが僕の練習を見に来る。僕のプレーを見て誰かが前向きな気持ちになってくれるかと考えるだけでとても幸せなんだ」。

ステパネクはトップ10選手になれるか?

その質問に、コーチのKrupaはアメリカ人がよく口にする言葉を借りることにした。

「Anything is possible」。


*この記事はDEUCE 2005年秋号P94-96の内容を参考に作成しました。

そのほか関連記事
UPDATE 1-Stepanek brushes aside Rochus for maiden title(Reuter)
ABN AMRO WORLD TENNIS TORNAMENT
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コメント
この記事へのコメント
珍獣ステパネク
>あやさん

コルダがリフトに乗ってらくらく山を登ってるそばで悪戦苦闘するステパネク…申し訳ないけど笑えちゃいますね(^^)。なんて叫んでたのか興味深深。あとベルディヒがいっていた、コートの中と外とのギャップていうのもなんだかおもしろかったです。ATP TENNIS SHOWとかでぜひそういう姿を見てみたいものですね。

そうそう、あの鼻につっこんでぐりぐり~ってやるやつ、なんとも痛いやら恥ずかしいやら…(笑)
2006/03/01(水) 07:31:24 | URL | さっち #-[ 編集]
苦労したんですね
パリのファイナルから長かったですが、ついにやりましたね、ラデク。

>ステパネクは積もった雪をかきわけ、足は棒になりながら、
想像するだけでおかしくてたまりません。
珍獣と呼ばれているだけに(笑)

遅れましたが、さっちさんインフルエンザだったんですね。
元気になられたようで良かったです。今週はナダル君もドバイ出てるし....
私も去年かかりましたが、診断で鼻に綿棒を思い切り突っ込まれたのがなにより辛かった(--;

2006/02/28(火) 22:01:23 | URL | あや #bBmFigmc[ 編集]
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