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進化するシャラポワ
2006年08月08日 (火) | 編集 |
Acura Classic

決勝

②Maria Sharapova(RUS) 7-5 7-5 ①Kim Crijsters(BEL)

またまたご無沙汰でした。暑さでダルい毎日、USオープンシリーズ頑張ると言ったのははるか遠い昔、最近は放浪の旅に出ていてややネット環境から離れていた余波で今だに著しくブログ書くモチベーションが低下している毎日であります。あートロントが始まっている…だるいな…。こんな感じで当分はダルダルモードでお送りしていくことになるかと思われます。どうもすいません。

んで、久しぶりにいろいろテニス界のニュースを漁って読んでいる中でちょっと目を引くものがあったので今日は久しぶりに書いてみた。

先週末のWTAの大会、サンディエゴの決勝、順当にキムとマリアちゃんの決勝となったわけだが、これがなかなか注目すべき試合内容だったようである。意外にも、マリアちゃんは5回目の対戦にして初めてキムに勝利し、これまた意外にも少ないがこれが今年2回目の優勝を飾った。そして、今年は怪我に悩まされてきた彼女は先週は1週間で5試合という連戦を戦い抜くことが出来たという意味でも、フィジカル的にも大きな自信を取り戻したようである。

キムが語っていたこの試合の感想が、なかなか印象的だった。

「彼女は自分のショットにあまり固執していなかった、そこが彼女が改善している点だと思う」。

試合の詳細はいろいろと書いてあるけれども、GAORAで放送されるみたいなのでネタばれになるといけないのであまり詳しくは触れないけど、試合の中で、マリアちゃんはアングルや高く弾むボールなどを使いキムを翻弄していたようである。ストレート勝ちではあるがその内容は互いのいい部分が随所に出て、かなり内容の濃いものだったようである。

マリアちゃん、つまりシャラポワといえば、誰もが認めるテニス界のスーパースター。恵まれた体格とパワー、父親譲りの強靭な精神力を武器に17才で強豪を退けていきなりウィンブルドンチャンピオンとなり一気にブレイクした。そしてその勢いそのままにぐんぐん勝っていくようになり、WTAチャンピオンシップも優勝、それに加えてハリウッド女優顔負けの類まれな美貌と17才という年齢も手伝ってこれ以上ない広告塔としても大活躍、コート内外でも大スターとなった。

しかし、若くして才能を開花させたアスリートの例にもれず、彼女にもまた「壁」が待っていた。パワーを前面に出してのプレーにかげりが見え始めたのは、2005年の全豪。マッチポイントを3回も握りながらセレナに逆転負け。それ以降、精神力は一番といわれていたシャラポワが、大事な場面で勝てなくなった。クレーのローランギャロスを除くと、それ以降現在までなんと4連続準決勝敗退。決勝にさえ、あのウィンブルドン以降進めていない。力は十分あるのに、あと一歩が、進めない。どうして彼女は勝てなくなってしまったのだろうか。

テニスに限らず、スポーツ界には「パワー派」「技巧派」が存在する。生まれながらにしてもつ才能、溢れんばかりのパワー、それは我々凡人にはどう逆立ちしても絶対に手に入れられないものであり、だからこそそれを持ち合わせているパワープレーヤーは、かなえられない夢を託せる対象として絶大なる支持を得る。

シャラポワのテニスがつまらないという人は多いが、それは至極当然のことだ。「技巧派」というのは、パワーがないからこそ生まれるものだから。あるいは、パワーがなくなるか、なんらかの理由でパワーが通用しなくなるからこそ技巧派になれる。パワーが通用しているうちはは技巧派になる必要がない。今までのシャラポワがそうだった。

「技巧派」の代表といえば、テニス界ではサントロやロクスなど小柄な選手。そしてヒンギス。身長がないから強いサーブは打ちづらい。ショットの威力もそれほど出ない。そんな及ばない彼らが厳しい実力社会で生き残っていくにはどうすればよいか。その術を自然と彼らは身に着けていく。相手のパワーを交し、封じ込め、自分の力に変えるために、ありとあらゆる作戦を練り、知恵を絞って、パワープレーヤーを追い詰める。その力と技の戦いが、スポーツの最大の醍醐味でもある。パワーで負けているはずの彼らが自由自在に変化して強い相手を翻弄して追い詰めていく様は本当に見ていて心地いい。サフィンなんか何度彼らの餌食になったことか(^^;)…。

シャワポワもそんな餌食になったひとりだと思う。今年のウィンブルドンの準決勝などを見ていても、ネットを多用し変化するプレースタイルのモレスモに、いい勝負をしていたけども最後はペースをつかみきれなかった。技巧派プレーヤーのポイントはまさに、「変化」。ホームランバッターを120km/hの変化球で討ち取る。変化するパスワークや動きで相手ディフェンスやキーパーを欺く。この「変化」については、またいずれ詳しく語ることもあるかと思うけども、この「変化」こそ、スポーツで一番重要なところなのじゃないかと思っている。

その変化に悩まされてきたシャラポワが、先週のキムとの決勝戦では自ら、「変化」した。対戦相手のキムがそれをはっきりと感じ取っていた。同じような球でパワーで押しまくるのではなく、スピード、コース、変化をつけたプレーで勝利した。これは大きい。キムに初勝利という対戦成績だけではないシャラポワの大きな転機となる試合になるのではないかと思う。パワーだけでは勝てない。それを彼女はこの2年間の準決勝敗退を通して体で学んできているんじゃないかな。頭でわかっていても、一度染み付いた習慣はそんな簡単に変えられるものじゃない。いくらいいコーチがついていても、自分で、試合の中で体で覚えていかなければ、決して身につかない。特に、パワーが十分あるとどうしてもそれに頼ってしまう。つい、力でねじ伏せようと考えてしまいがちになる。そして攻撃が単調になって、相手に読まれてしまう。パワーを吸い取られて相手に利用される。特に劣勢のときにはパワーはポイントに結びつかないことが多い。

そういえば、去年の全米の準決勝でも、マリアちゃんの「変化」が垣間見られる場面があった。2セット目の、キムのマッチポイントか何か忘れたけど、とても重要なポイントでマリアちゃんが放ったドロップショット。あれに驚いた人は数多くいたはずだ。あのドロップショットが彼女をストレート負けから救い、ファイナルセットに持ち込んだ。最終的には負けてしまったけど、シャラポワの存在感を存分に見せ付けた試合となった。あのままストレートで負けていたらマリアちゃんに対する評価はずいぶん変わっていただろう。

私は技術的なことはあまりよくわからないけども、やはりマリアちゃんの試合は見ていてあまりおもしろくない。ヒンギスみたいな技や変化があまりないからだ。それはセレナやビーナスについても同様。だから、ついモレスモやエナンなどを応援してしまう。しかし、このキムとの試合をきっかけに、マリア・シャラポワがさらに選手として魅力ある存在になっていくような気がする。というかそれを望んでいる。

たしかにグランドスラム準決勝という成績でも十分すばらしい。10代でそれを何度もやっている彼女は今でも十分賞賛されるに値する。しかし、それは正確には彼女に対して少なくとも誉め言葉にはならない。向上心がなくなったら、そこで終わりだ。グランドスラム準決勝の壁を破ることができるか。それはいつやってくるか。そんなに遠くないのではないかと思う。

キムは、こう言っているよ。「彼女のような若い選手が、コートの外だけでなく中でも成長しているのを見るのは、すばらしいこと」。全米オープンで、変化する、進化したシャラポワに大いに期待したい。

Sharapova Outlasts Clijsters in Tough Final(Los Angeles Times)
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