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オンコートコーチングの是非
2006年08月24日 (木) | 編集 |
あぁ~USオープンシリーズも終わってしまう…結局女子のことはほとんど触れられなかった…すいませんだぁm(_ _)m。いや、時間がなかっただけなのである…。そういうわけで、今日は、女子のUSオープンシリーズを象徴するできごとについて、語ってみよう。

WTAにおいて、いや、オープン化されて男女通じておそらく初めて導入されたであろう、新しいルールが、さまざまな波紋を呼んでいる。
それは、もちろん、この、お話。

「オンコートコーチング」。

先週のRogers Cupと、今週のニューヘブンのWTAのほうに新しくコーチングを部分的に許可するルールが適用されている。ここで試験的にやってみて関係者の反応を見て、今後どうするのか決めるのかな。全米ではもちろんコーチングは許されません。

具体的には、コーチングが許されるのは、以下の状況のとき。
・セット間。
・各セットに1回、チェンジコートのときにコーチングを要求できる
・相手がインジャリータイムやバスルームブレイクでタイムをとっている時間

1セットに最大2回コーチのアドバイスを受けることができ、セット間にもそれが可能になる。

まあコーチングというのはよく問題になることで、ルールとそれをかいくぐろうとするコーチたちのいたちごっこが今までも繰り返されてきた。今年の5月には男子のほうだけども、ロジェ君の、ナダルおじさんへのコーチング疑惑発言などもあってあのころコーチングを許すべきか否か?みたいな感じでコーチング容認派のニック・ボロテリーやギルバートさんが勢いづいていろいろ発言していた。今回のWTAの動きとあのことが直接関係あるかどうかはわからないけども、そろそろコーチングを導入する潮時なのかなあという気もしていたのだけども。

んで、選手の反応はどうかというと、これがなかなかおもしろい。特に興味深いと思ったのが、普段試合中あんなにコーチと話したそうにしてる選手たちが、結構このコーチングに反対しているというところが、である。


キムは、真っ向から反対している。
「こんなことを言うのが許されるのかどうかわからないけど、私はこのルールには絶対反対。自分自身でものごとを解決するのもテニスプレーヤーとして必要なことよ」。

セレナも反対の立場をとる。
「嫌だわ。それはもうテニスではない。私は今まで苦しい状況をすべて乗り越えてきた。(コーチングを許すことは)スポーツの品位を損なうものよ」。

比較的に肯定的な意見を述べているのが、デメとペロトワ。

デメ「コーチが試合中に降りてきてなんて言うのか、興味あるわね。でも私は母(今はデメは母がコーチ)を呼ぶことはないでしょうね。いつも四六時中一緒にいるから、コートの中が、唯一彼女から開放される時なのよ」。

ペトロワ「コーチが参加することによって、ゲームがより個性的になるし、ファンやメディアにもわかりやすくなると思う」。

父親のオンコートコーチングが有名な、ペナルティーを食らったこともある、この人は。「私は直感的にプレーするのが好きで、人に指図されるのは嫌。だから誰かを呼ぶことはめったにしないでしょう。」
「相手の選手がコーチを呼んでいるのを見るのはこっけいなことだわ。だってそれは、彼らがトラブっていることの証明だから、私は笑うしかないんだもの」。だから相手にわからないようにやってるのかい、マリアちゃん。


テニスにおける、コーチングが許されないというルール。それは、テニスを他のスポーツと全く異質なものにする、もっとも特殊な部分であるといってよい。特に対戦型のスコアを競う競技においては、コーチングはむしろ要の部分でさえある。チームスポーツにおける監督の「采配」の重要さを認識しない人はいないだろう。個人競技でも、バドミントンはどうなのか知らないが、卓球でもセット間にはコーチングが許されているし、柔道では、コーチが始終選手に向かって叫び続けている。

しかし、テニスには、今まで、試合中のコーチングは存在しなかった。いちおう建前は。コートの中ではひとりぼっち。相手の観察、的確な状況判断と決断力、臨機応変な行動力、そして、度胸が試される。コーチは、そばでいるが何もしてやれない。頼りになるのは自分だけ。その孤独性に、単なるスポーツを超えた人間的な部分を感じるところが、コーチング反対論者の大部分の理由なのではなかろうか。

私は、う~んどっちかというと、コーチングしないほうがおもしろいかなあ、とは思う。もちろん他のスポーツがどうこう言うつもりはないけど、テニスプレーヤーが一人でがんばっているのを見ると、つらそうだけども、やっぱり、その人の生い立ちや人間性、今までどういう教育を受けてきた、そういうものがすべてコート上に現れるような気がするので。ただゲームを楽しむということを通してそういうことまで垣間見せてくれるような気がするところが、テニスのすごく好きなところである。

しかし、だからといって、コーチング導入反対、とまでは思わない。

いろいろな人の意見があるけども、私は、ハンチュコワの意見が一番的を得ていると思った。

「不正行為を抑えることはできない。今まで何度、試合中主審のところへ行って、今のコーチングの声が聞こえませんでしたかとたずねたことか。選手を指示する声はそこらじゅうで聞こえるわ。私はずっとそのことに不満を言ってきたけど、おかまいなしよ」。


コーチング反対という選手諸君に、ききたい。それでは君らは試合中一度もコーチと目をあわさずにプレーできるか?

アイコンタクト、だけで十分コーチングだろ。もちろん言葉は交わさないし、禁止されているわけではないが、ルールで禁止されていないから、コーチングじゃない、などという上っ面の議論するつもりはない。コーチと選手の関係なら、目を合わせれば伝わる部分もある。試合中困ったときはコーチのほうをいつも見ている選手たちが、自分ひとりで切り抜けるなどと言っていることこそ滑稽な話で、笑ってしまう。コーチのほうを見ているその時点ですでに一人でやっているとは言えないんじゃないかな?本当にひとりでやっていけるというのなら、コーチをコートの中に入れなければいい。あるいは試合中見えない場所にいさせておけばよい。これが単純明快で、わかりやすい。誰も文句はいわないだろう。

何も私はコーチングに賛成しているわけではない。ただ、コーチングが悪いといいながら影でこそこそやること自体が気に食わない。あるいは、コーチに頼っているくせに言葉を交わしていないからといって自分ひとりで切り抜けているつもりになっていることが少々腹立たしい。言葉を交わさないという体裁だけとりつくろったって、仕方ないのではないか。

人間は一人では生きていけない。コーチに頼ることは、ぜんぜん悪いことじゃない。それでテニスの品位が損なわれる?それじゃあ卓球や他のスポーツには品位がない、ということか。テニスはそんなにえらいのかい。

WTAやATPも、もっと徹底的にやってほしいね。コーチングを禁止というのなら、コーチにスタンドに入らせない、くらいのことをやってほしい。へんに近くで見させるから隠れてやろうとする。そりゃあ目の前で愛弟子がやられていくのを見るのはコーチにはたまらんだろう。そりゃコーチングだってしたくなるさ。

コーチングを許すべきか否か。難しい問題だけども、今の中途半端なルールじゃ、ハンチュコワの言うとり、有名無実だと思う。男子もね。デ杯では常にコーチング受けてるわけだし、あまり頻繁にじゃなきゃ、別にコーチング許可してもいいと思うけどなー。といっても賛成というほどでもないが…。

トップ選手がコーチングに不快感を示すのは、コーチングによって、下位の選手が的確なアドバイスをもらうことが上位選手にとって脅威になるから、という分析もある。とくに重要な場面でのひとこと、というのが試合を大きく左右する可能性がある。しかし、記者のJames Beckさんは言う。「その重要な場面でのアドバイスも、選手にとって貴重で大切なものになる」。

私もこの意見には賛成だ。もちろん基本的には、自分で考えていかないといけないものだと思うけども、難しい局面でどうすればいいか、後からこうすべきだった、というものではなく、リアルタイムで助言を受けるというのは、なかなか悪くないことだと思うし、その後の選手の成長にも大いに役立つように思う。もちろんそういうものを自分で切り開いていくのも大切だけども、なんといってもまだ10代や20代そこそこの彼らに、人生をかけた大事な場面での重要な決断をさせるのも酷な話だ。そういうときに、親やコーチなどの経験ある大人が、そっとレールを敷いてやるのも、大切なことなんじゃないだろうか。子供が道を踏み外さないように、ね。



Mixed reception for on-court coaching experiment(The Guardian)
A case for on-court coaching(The Post and Courier)

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コメント
この記事へのコメント
>まなぶさん

コーチングの話は、実際現場にいる人やテニスをする人じゃないとわかりづらいことも多々あると思います。私の話はあくまで机上の空論ということで、読み流してくださいませ(^^)でも杉山さんが賛成とは意外ですね。こういうのって、考え方はそれぞれ違うし、正しいとか正しくないとかいう問題でもないんでしょうね。ビデオ判定同様、これもそのうち広まっていくんでしょうかね~。

ロジェ君は、試合で苦しくなってもトニーローチのほうを見て助けを求めたしませんしね。(去年の全米のときはローチは応援席にいなかったような…)たしかに、彼が世界1位に君臨しているのは、技術云々よりそういう精神的な部分が大きいんだろうなあと思います。男子でもコーチングが導入されれば、アンディがロジェ君に勝てるようになるかも!?なんちゃって…男子での導入は、まだまだ先でしょうね。そのころにはもう引退してるかも…。

アンディ、ジャパンオープンにきてくれるといいなあ。フェデラーVSロディックのファイナルが日本で実現、なんてことになると、最高なんですけど、ね。
2006/08/24(木) 23:32:04 | URL | さっち #jQoqE9no[ 編集]
コーチングの是非むずかしいですね。
選手の考えでおもしろいと思ったのは杉山愛選手です。ホームページにのっていたのですが、彼女はかなり賛成のようですね。彼女程のべテランなら経験十分だから、コーチングをそんなに肯定しないと思っていたので意外でした。
でも、テニスをやっている立場から言うと「負けを経験して、あの時こうやってうまくいかなかったから次は気をつけよう」とかそういう蓄積が実力になっていってる気がするので、それをコーチングで解決してしまうと、苦労が少なくなってしまいますかね。でも、試合を見る立場だと、一方的な試合が減っていく可能性が高くなるしおもしろいのか。最高逆転率コーチとか出てきそうですね。
しかし、フェデラーファンの私としては、彼のコート上での冷静さや客観的思考能力や戦略の切り替え方とかは他の追随を許さなくてその部分で勝っているのはかなりあるのかなと思っているので、そこがコーチングにより他の選手も補われてしまうと、負けが増えそうで結構いやだなぁ。でもサフィンが前より勝てるようになるのはうれしいかな。
つまり、嫌だけど、多分コーチングは導入されるんだろうなと思ってます。もうすぐ全米オープンですね。たのしみ。
そういえばジャパンオープンにロディックの名前があってびっくりしてましたが、来れない可能性が高いと聞いてがっかりでした。
2006/08/24(木) 17:10:22 | URL | まなぶ #-[ 編集]
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