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マックス・ミルニーの命の恩人
2007年04月26日 (木) | 編集 |
今は4人家族になりました

Max, Melanie, and Ksusha Mirnyi

@ATP




Tennis Weekをつらつら見ていたら、おぉぉ!ミルミルの特集記事を発見。フェデラーナダルもいいけど、ときにはやっぱこういう選手にスポットを当ててくれなくちゃあね。それが私の大好きなミルミルことマックス・ミルニーだからこりゃ飛びつかずにはいられない。

マックス・ミルニー(以下ミルミル)がツアーで”The Beast”というニックネームがつけられているのはよく知られていることです。それは、決して容姿からではなく(!)、彼のプレースタイル、ネットへどんどん突進してくるそのアグレッシブさからそうつけられているんだ、とか…ん~。でもネットプレーヤーなら他にもいるよな…デントとかのほうがよっぽどBeastっぽいような気がするが(失礼)。

まあたしかにミルミルってちょっと顔つきがいかつい感じは人によってはするかもしれませんね。ゲーム中はほとんど表情を変えないし。淡々とプレーする、まさにボルグの「ice man」が当てはまるような感じかなあ。決して愛嬌のある顔ではない。デントは瞬間的に見ると怪獣みたいだけど愛嬌があって表情豊かなところが、ミルミルとはちょっと違うところかな。

しかし私はなんでミルミルが好きなのだろう…。気がついた時はもうお気に入りだったなあ。でも、ナダル君やアンディに大して抱く「好き」さとはちょっっと種類が違うような気もする。。

ミルニーといえば、もちろんダブルススペシャリストとして非常に評価が高い。ブパシやレイトンと組んでグランドスラムも制覇したし、この数年はビョークマンと主要な大会はずっと組んでますね。去年はTMCダブルスで見事優勝。ミックスダブルスでは、セレナと組んで98年ウィンブルドンと全米でダブルス優勝しています。ダブルスを語るときにミルミルは欠かせない。

しかし、パートナーのビョークマンとともにこのミルミルが他のダブルススペシャリストと違うのは、シングルスでも相当な結果を残している、ということ。現在48位とトップ50内を維持しているミルミルですが、これまで7年連続トップ60でシーズン終了というすばらしい成績を残してます。50じゃなくて60っていうのが微妙な数字だね(笑)。50何位っていうのが何度かあるんだろうね。でも60位より下にはなっていないということで、やはりすばらしい。

ダブルスとシングルスと、どちらにより力をいれるでもなく両方均等にやっている、という感じがするものね。私はこのバランスがとっても好きなんだよなあー。これがミルミルが好きな一因でもある。

ネットプレーヤー冬の時代、と呼ばれるようになって久しい。ラケットの技術が進化し、ベースラインからの攻撃力が増してストローカーが増え、サーブ&ボレーをする人が少なくなった、…もう耳にたこができるほど言われてきていることですが。
このミルミルはそんなストローク優勢の時代にあってサーブ&ボレーの伝統をなんとか今の世代につなぎとめている一人です。長身から繰り出される速いサーブ、そしてネットへつく一連の動作は滑らかで無駄がなく、美しい。

今までシングルスでも数々の成功を収めてきました。特にサーブ&ボレーが最も生きるのが芝生。去年のウィンブルドンでは、元ファイナリストのフィリポーシスを破り、ジェームスブレイクに1-2セットダウンから逆転勝利して4回戦進出。そしてチームメイトのこれまたボレー大好きのビョークマンに5セットの大熱戦の末敗れました。

他にもカーペット、ハードなど速いサーフェスではやはりいい結果を残していますね。唯一持っているATPタイトルはロッテルダム。2004年のTMSパリでは準決勝進出、ガオラ出場も果たしています。金星は、ロジェ君やサフィン、グーガなどを相手に上げていますね。そして、ピークは過ぎていたけどもサンプラスに、対戦成績2勝1敗と勝ち越している。

「ミルニーみたいにいつもいつもネットにやってくる選手は、やりづらいよ。」とサフィンがこぼしていました。
とにかく、隙あらば、いつでもネットをとる。ミルミルの戦い方は、プロになったときから首尾一貫しています。


しかし、デ杯チームメイトのボルチコフと子供時代ブルックリンでよく一緒に練習していた頃のミルミルは今とはずいぶん違っていたようです。背も低くて、バックハンドは当時は両手打ちでした。そしてプレースタイルも、ストローク中心で、両手でぶんぶんラケットを振り回してストロークを打ちまくっていた。その様子はちょうどレイトン・ヒューイットのようだった、とか。

それががらりと変わったのは、フロリダのBradentonへ移ってからでした。テニス界でフロリダといえば、そう、ニック・ボロテリーアカデミー。ミルミルもここ出身なんですねー。そして父親Nikolaiさんの影響も大きかった。お父さんはバレーボール選手だったそうです。

そして同じ国のボルチコフとともに、デビスカップでも抜群の成績を残していますね。デ杯だけでシングルス44勝、ダブルスは20勝と国内ではもちろんNo.1の成績。そしてデ杯出場は14年間におよび、この数年は常にWorld Groupで戦っています。

ハードやグラス、カーペットではいいけど、今はクレーシーズン真っ只中。クレーコートでのサーブ&ボレーってどうよ?やっぱやりづらいんじゃない?早く過ぎて欲しいとか思ってない?


今年30才を迎えるミルミルは、すでに2才になるMelanieちゃんという娘さんがいますが、今年3月に2人目の娘さんが生まれましたね。Petraちゃんというその新しい家族の名前は、ビョークマンの奥さんからとってつけたそうです。そしてビョークマンは、自分の息子に、Maxと名づけたんだって。お互い信頼しあうペアだからこそ、ということなのかな。そりゃダブルス強いわけだ。

このミルミルの2人の娘さんは、不思議な力を持っているようですよ。Petraちゃんが生まれた3月8日というのは、ベラルーシでは「女性の日」という祝日なんだとさ。そんな日をわざわざ選んで生まれてくるなんて、おぬしなかなかやりますな。
そして、長女のMelanieちゃんはさらにすごい。彼女は、まだこの世に生まれてくる前から、人助けをしている。誰を助けたのかというと、そう、自らの両親である、ミルミルと奥さんのKsushaさんをです。さてMelanieちゃんがどうやっておなかの中にいながら2人を助けたのでしょうか。

今回はTennis Weekによるミルミルへの独占(?)インタビューをちょっと長いんだけどご紹介。サーブ&ボレーが身上のミルミルはクレーシーズンをどのように考えているのか、家族のこと、そして最近特に女子で躍進いちじるしいベラルーシのテニス事情について、強いダブルスチームを作る秘訣とは、最近話題のTMS降格問題、ラウンドロビン、そしてそして、命を救ってくれた恩人のお話など、いろいろ語ってくれています。続きを読む以降でご紹介。


Tennis Week(以下):マックス、最近2人目のお子さんが生まれましたね。家族との生活と、ATPツアーの生活とのバランスはどうやってとっているの?父親であるということはテニスの内容に何か影響してるかい?君とビョークマンはそれぞれ自分の子供にお互いの敬意を表して名前をつけたそうだね?

マックス・ミルニー(以下):うちの家族の大黒柱は家内だよ。2人目の子供が生まれて僕らはとてもうれしく思っているよ。でも妻のサポートがないとこうやって一年中ツアーに参加することは出来ないだろうね。彼女は家族のために、僕がプロの選手と父親、そして夫といろんな役割のバランスをとるのに助けになってくれている。子供の名づけに関しては、お互い話し合ったというわけじゃないんだ。だから最初はとても聞いてびっくりしたけど、でも僕らの子供の場合はもうひとつ理由があってね。家の木の名前に由来してるんだ。

いいダブルスチームを作るには、プレーの技術はもちろんだけど、それ以外にどんなことが大切なのかい?コミュニケーション?一緒にプレーする経験の長さとか?2人の相乗効果みたいなもの?いいサーバーと、いいリターナー、みたいなコンビネーション?何が優れたダブルスチームの要素になるのかな?そして君とJonasはどうやって強さを維持してるんだい。

もちろん今言ったこと全部が必要だと思うけど、それに加えるとしたら、強いペアはお互いのプレーを信頼しきっているということかな。そういうチームはいつ試合をしても、多くの場合で勝つ方法を見出すことができる。お互いを信じ合うことで困難な状況も切り抜けられるし、もっと大事なことは、試合に負けたときでも感情をコントロールできて次の試合、大会につなげることができるということだ。

先週モンテカルロでシード選手のバグダティスに勝ちましたね。シングルスについて君は今の状況をどう感じているの?2004年にティム・ヘンマンがローランギャロスの準決勝に進出したとき、ヘンマンは、クレーでのサーブ&ボレープレーヤーはスライスショットが低くなるからクレーコーターを苦しめることができているということと、パスを抜かれるリスクはあっても前で勝負ができると言っていた。君もそういう風に思うかい?

マルコス戦の勝利でクレーはボレーヤーにとって決してやりづらい環境じゃないとあらためて感じたよ。ティムはたしかにスライスの弾道が低くなると言っていたね。僕にとってクレーコートは、いろんなことをやる時間がたっぷりある、というものなんだ。速いサーフェスと違ってリターンの確率も上がるし、バウンドが変化したりすることでパッシングが打てたりね、特に追い込まれて苦しい場面でそういうことが可能になるし。

ベラルーシのテニス事情はどうなっているの?君はベラルーシテニス協会の副会長に選ばれたそうだねえ。テニスを国に広めるためのプランとかあるのかい。

当然のことだけど、世界で通用するようないい選手を育てるのは一晩でできることじゃない。2004年に副会長のオファーがあったんだ。僕は、自分のキャリアで学んだことをもとにアドバイスすることくらいしかできないよ、て言ったら会議で承認されたんだ。この4年間デビスカップでワールドグループでプレーしてきたことや、僕個人の多少の成功が子供たちがテニスをするようになるきっかけになっているとうれしいね。それにその間にも、協会は将来のために地道なことをやってきたんだ。多くの学校にテニスコートを作って、授業でテニスを取り入れてもらったり。子供たちに、できるだけ若い段階からテニスに触れさせる、そしてテニスというゲームのおもしろさを、お金をかけずに味わってもらう。そういうことが、能力ある若い選手の育成につながっていくと思う。この数年で国内には、テニスコートがとても増えたよ。特にインドアのコートがね。これも将来テニス人口の増加に役立ってくれるだろう。まだまだ先は長いけど、僕らが強調したいのは、テニスはベラルーシでは身近なスポーツなんだということだ。特に子供たちにとってはね。僕らが関わっている政府の育成プログラムもとても重要なものだ。これがあれば、見込みのある有望な選手をプロに同行させて練習相手になってもらったり、医療に関するケアや旅費などを、彼らに経済的な負担を強いることなく支援してもらえる。特に最近は女子でいい選手が出てきてるよね。トップ100に2人いるし、ジュニアでもランキングが高い選手が何人かいる。男子のほうも、有望選手はいるけどまだちょっと時間がかかりそうだね。でも大筋では僕らの国は上昇しつつあると思う。

今のATPのダブルスのプロモーションで君はどういう立場にあるのかい。あと、モンテカルロやハンブルグのTMS降格騒動について君は何か意見を持ってる?大会側とATPの間に解決策は何かあるかな?

今の時期に(ATP会長の)Etienne de Villiersのことを話すのはちょっと微妙だよねえ。選手の意向や大会側、スポンサー、TV放映権、そしてITFといろんな部署のバランスをとるのは、一番やっかいな仕事だよ。僕は、代表の選手と会長の会談で決定したことを支持したいと思う。僕らのために働きかけてくれるプロフェッショナルなな人々がいて、テニスというスポーツがこれからも繁栄していくための打開策を日々考えてくれている。今はちょっと混乱期かもね。ダブルスレボリューションとか、ラウンドロビンとか、マスターズシリーズの問題とか、いろんなことが込み入っている。何かを変えるというのは、例外なくスムーズにはいかないものだ。いろんな問題の解決には、焦らずじっと耐える、ということが必要なのかもしれないね。

今年は一段とフィジカルが充実してるんじゃない?ずいぶん筋肉質になったね。ゲームのために何か他のスポーツをやったりするのかい。

コート外でのトレーニングはいつも重要だ。今は昔より特にこの部分には重要視して取り組んでいるよ。試合をすると本当に疲れるからね。厳しい戦いの中でも、勝てるチャンスがあるような試合をいつもしたいと思っているから。トレーニングはフロリダのニック・ボロテリー・アカデミーでよくやっているよ。すばらしい施設が整っているからね。あそこで僕は自分のプロとしての目標をみつけたんだ。

今年もまた、あの痛ましい火事があったローマでの大会が近づいてきたね。君も火災から脱出した一人だったんだよね。あのときのことを考えたりすることあるかい?そしてあの事故で人生変わったところがある?

もちろんあの恐ろしい事故のことはよく覚えてるよ。あのとき妻が妊娠初期じゃなかったら、(おそらくつわりのために)洗面所にちょくちょくいくこともなかっただろうからね。僕らがあの時間帯に目を覚ますこともなかったかもしれない。家内はたまたま(おそらくつわりで気分が悪くて)洗面所へ行きたくて夜中に起きたんだ。そして煙のにおいとドアが燃えているのに気がついたんだ。僕はもう熟睡してたからね。ほんとラッキーだったよ。いったい何に感謝すればいいのかわからないよ。神様か、天のお星様か、運命か、あるいは妻のおなかの中にいたMelanieがすでに自分の命を守るために奮闘してくれたということかな!?今ここにこうやって存在して生きていられているということに本当に感激しているよ!

(ミルミルはギターを独学で弾くそうですが)まだ今でも音楽はやるのかい。どんなの弾くの?君はブルックリンでとても人気があるよね。ニューヨークにいたころの場所にまた行ったりするのかい。あと最後に、今シーズンの残りの目標も一緒に聞かせてくれないかい。

家にいるときは毎日ちょこっとずつ弾いたりしてるよ。9.11テロの後は特にギターを旅行に持っていくのがすきになったね。僕は音楽が大好きなんだ。ソビエトのポップスやロック、シャンソンなんかが好きだな。旅先でそういうアーティストと会ったりしたこともある。すばらしい時間だったよ、鳥肌もんだね、子供のころ彼らをアイドル視してたことを思い出したりしてさ。全米で来るたびに、ニューヨークで生活してたときのことを思い出すよ。古い町並みを歩いたり、子供の頃通ってた学校のすぐ近くのホテルに泊まったり、当時の友人たちの応援をすごくもらったりできるし、そこに済んでるロシア人のグループは、僕にとって世界中の他のどこにもない貴重な存在なんだ。だからありがたいと思ってるよ。こうやって古い友人たちが世界のあちこちにいて未だに昔からのつながりを保ってて再会できるのはすばらしいことだね。今年の目標は、今までと特に変わりないよ。何をするにも、後から後悔しないで済むようにする、ってことだ。一日一日、新しいチャレンジの連続さ、それを楽しみにしてるのさ」。


*******************************

ふう~。長文失礼いたしました。いやーなかなかおもしろいインタビューだったわ。Melanieちゃんは、からだを張って(?)両親と自分の命を守ったんですねー。あれはたしかアンディやシャルケンなども巻き込まれたローマのGrand Hotel Parco dei Principi というホテルでの火災ですね。ちょうどローマの大会中で、他にも泊まっている選手がいたようでですが。サフィンのラケットが燃えちゃったり、シャルケンは7階のベランダから1階下のアンディの部屋に飛び降りたり、他の人の救出の手助けをしたり…大変な事故でした。3人の死者(選手ではない)が出てしまったそうです。

ベラルーシという国は、あまりよく知りませんが、国自体もテニス環境も、アメリカやイギリス、フランスなどと比べて決して豊かではないでしょう。そんな中でも地道にこつこつがんばっている様はなんだか応援したくなりますね。ミルミルやボルチコフの少年時代は、ロシア選手同様母国を離れてテニス大国で修業する日々だった。これからの子供たちが故郷を離れることなく育っていけるような環境になるといいですね。女子でもアザレンカという有望選手がいるし、今後が楽しみだわ。

シングルス、ダブルスあわせて年間100試合をこなすというミルミル、すごいなあ~。身体的にも充実しているようですね。クレーコートはやはりボレーヤーにとってはタフには違いないけど、なんとか活路を見出していって欲しいですね。そういえば、ビッグサーバーのカルロビッチがUSクレーで優勝したとき、ギルバートさんが、「彼が成功した理由は、クレーになってリターンが向上したからだよ」と書いていたのをなんとなく思い出した。ミルミルもリターンがうまく返せると、言ってますね。強いサーブの威力は落ちるけど、逆に相手のサーブも脅威じゃなくなるわけで。

そんなミルミルですが、今週のバルセロナはシングルス1回戦でカニャスに負けてしまいました。ありゃぁ残念。まあ王者に2連勝中のカニャスだし、こりゃしょうがないか。んでダブルスは珍しく出てませんね。今週はゆっくり休んで家族サービスできそうだね。今年のウィンブルドン期間中に30才になるそうですね。…もう30なのね~。でも、まだまだ現役で頑張ってほしいと思います。

The Tennis Week Interview: Max Mirnyi(Tennis Week)
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コメント
この記事へのコメント
父と母
>のびたさん

胎内記憶かぁ…なるほど。ローマの火事のことは強烈に記憶に残ってるかもしれませんね!?

>赤ちゃんは雲の上からお父さんとお母さんを見て、このお父さんとお母さんがいい!と選んでいるという説もあるようです!

そそそれはすごい話ですね…。んで生まれてきたらその記憶は忘れている、ということですかね。私もたしかに自分の両親の子供に生まれてきてよかったなあと思うので、実は選んでたりして(笑)

モンテカルロのときは珍しくナダルくんのお父さんが会場にいましたね。今回のバルセロナはもっと近いから当然いるでしょうね。今のナダル君をみていると、きっとすばらしいご両親なんだろうなというのがとてもよくわかりますね。
2007/04/28(土) 19:37:22 | URL | さっち #jQoqE9no[ 編集]
ミルミルって
さっちさんが以前からお気に入りの選手でしたね。
今まで理由も、どんな方なのかも知らなかったのですが、
こうやって紹介してもらえると、愛着っていうか、いい意味での興味を覚えてきました。

赤ちゃんって3歳頃のとき、生まれるときのことや生まれる前のことを覚えていて、おしゃべりできるらしいですね。
ミルミルの上の娘さんは機会があれば、ローマでの強烈な記憶をお話してくれるかもしれないな、などと思いました。
さらにいうと、赤ちゃんは雲の上からお父さんとお母さんを見て、このお父さんとお母さんがいい!と選んでいるという説もあるようです!

この説を初めて目にしたときなんとなく、ラファはあの両親を選んで生まれてきたんだろうな!と思ったものでした。(勝手な想像ですけど)
ミルミルの娘さんも同じようにミルミルと奥さんを選んだのかもね。

胎内記憶について
http://macoron.jp/blogView.cgi?uid=11&id=688


今夜は久しぶりに時間がゆっくり流れているので(笑)
ゆっくりした気分で読めてよかったです。
とちゅうでテニスと関係なくなってすみません!
2007/04/27(金) 20:56:58 | URL | のびた #Ijppgy5k[ 編集]
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