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七転び八起き
2008年02月26日 (火) | 編集 |

Michael Llodra

@AP Photo




2005年、イバン・ルビチッチがマイアミの大会で自分のロッカーを開けたとき、すごく変わったものが入っていました。それはなんでしょう?


この質問に答えられる人は、結構マニアックなテニスファンですかね(笑)。でもこのブログを初期から見てくださっている人ならきっと即答できるでしょう。

フランス人のミハエル・ロドラは、ATP一のひょうきん者として知られていました。他人のロッカーに忍び込むいたずらもしてしまう明るい性格の彼ですが、これまでのキャリアは大きな波がありました。

ロドラは長くダブルスプレーヤーとして知られてきました。2000年に最初のATPダブルスタイトルを獲得した彼は、のちに同国のサントロと組むようになり、ダブルスで様々な栄冠に輝きました。2002年には全豪で初のダブルス決勝進出、翌2003年にはその全豪で初のGSタイトルを獲得。年末のマスターズカップダブルスに初出場、2004年には全豪2連覇と地元ローランギャロス準優勝、その他にもAMS、ATPツアータイトルを次々に獲得し、ダブルス巧者として世界的に有名になりました。

しかし彼は決してダブルススペシャリストではありませんでした。サントロ同様シングルスもしっかりプレーします。そして彼がシングルス選手としても成功し始めるようになったのが2004年。得意のグラスで当時トップ選手だったコリアを決勝で破りATPツアーシングルス初優勝。直前のローランギャロスや全米では自身最高の4回戦進出を果たします。

ロドラはビッグサーブとネットプレーを得意とする、今では珍しくなったサーブ&ボレープレーヤーです。ダブルス巧者らしくネットの技術はぴかいち。最も得意とするのはグラス。そしてシングルスとしてのキャリアを積みたいと考えるようになった彼は、2005年のマスターズカップを最後にサントロとのペアを解消し、シングルスに力を入れることを決意したのでした。奇しくもその年のTMC、サントロとの最後のコンビとなったビッグな大会で優勝し、黄金ペアの有終の美を飾りました。

シングルス上位プレーヤーがダブルスで活躍するというのはたまにありますが、ダブルスプレーヤーがシングルスで結果を出していくというのはこれまた大変だと思います。ボレーの技術など応用できる部分はあるとはいえ、守備範囲も使う状況も全然違うし、使う筋肉も微妙に違うかもしれない。なにより運動量が桁違い。ロドラのシングルスプレーヤーとしての道は暗礁に乗り上げてしまうことになります。翌2006年はチャレンジャーとATPツアーをいったりきたり、AMSは2回戦が最高で本戦インできないこともありました。ランキングは167位まで下がってしまいました。2007年はトップ100に復帰しましたが、やはりツアーレベルに常に参加することができずチャレンジャーの大会にも数多く出場しポイントを稼ぐ日が続きました。

かつてのパートナーだったサントロもシングルスプレーヤーですが、サントロはランキングこそ高くないものの、その奇抜で変化に富むプレーでサフィンやロディックを苦しめ、世界No.1ロジャー・フェデラーとも名勝負を繰り広げる。全豪でベスト8進出も果たし、テニスファンの間ではシングルスでも十分存在感を示していました。それに比べるとロドラのほうは、シングルスで注目されることはあまりありませんでした。

そんなロドラにある栄冠が訪れます。しかしそれはシングルスではなく、かつて栄華をほしいままにしたダブルスでした。クレメンと組んで、なんとウィンブルドンで優勝。シングルスに重きを置くためにダブルスを控えたつもりがそのシングルスは不振でまたもやダブルスで栄冠というなんともいえない展開でしたが、約70年ぶりというフランス選手によるこの快挙は大いに励みになったことでしょう。その後ランキングも少しずつもちなおしトップ50まであと一息というところでしたが最後は93位で終了しました。

そんなシングルス大変苦労したロドラの2008年ですが、その苦労が報われたのか、今までとはちょっと様相が違っています。年明けいきなりアデレードでツアー2回目の優勝を果たしました。喜びのあまり勢いあまって川に飛び込んでしまうというまたまたひょうきんな一面を見せてくれましたね。そして、先週のロッテルダム、そうそうたるビッグネームが揃う豪華なこの大会で、次々とシード選手が敗退するなか見事優勝。準決勝ではあの巨人カルロビッチを破り、決勝ではソダーリングとの息詰まるファイナルタイブレの熱戦を1セットダウンから制しました。

「1年前ならきっと勝てなかっただろう。」

かつてはフェデラー、ヒューイット、カフェルニコフ、クライチェック、イバニセビッチ、偉大な選手たちが栄冠に輝いた由緒あるこのロッテルダムの大会に、そしてフランス人としてピオリーン、エスクードに続く形で、名前を連ねることになり、今年早くも14勝、去年のトータルのATPツアー以上レベルでの勝利数をすでに上回りました。


ロドラが優勝の喜びをかみしめたこのロッテルダムで2年前、同じように栄冠に輝き感慨ひとしおだったのが、ラデック・ステパネクでした。彼にとってはロッテルダムは初めてのツアーシングルス優勝でした。しかしそこにたどりつくまでの、そしてそこから先も、ステパネクのテニス人生はロドラ以上に紆余曲折でした。


2001年、当時23才のステパネクはランキング500位代でした。どうにもならない状況だったステパネクは、98年の全豪優勝の自国の英雄コルダに助けを求めました。コルダはかつてステパネクとペアを組んだりしていたそうですが、ステパネクの態度が気に入らずあまり好きではなかったそうです。

しかし、自分の言うことに必ず従うこと、と約束させて結局救いの手を差し伸べることになりました。そしてコルダがステパネクに課したハードルは、次のようなものでした。
「2002年の全米本戦に出場し、トップ100に入ること。」

ステパネクは耳を疑ったそうです。当時の500位というランキングの選手にそんなことを言うなんて、コルダの頭がおかしくなっているのじゃないかと。しかし実際その後ステパネクは徐々に結果を出し、成績がよくなっていきます。ドーハでは、ウィンブルドン優勝したイバニセビッチを退けました。

「あれ以降コルダを信頼するようになったんだ。」

その後コルダとは袂を分かちましたが、コルダが敷いてくれたレールをステパネクは順調を歩み続け、ランキングはその後も着実に上昇、タイトルには恵まれませんでしたが、2004年にはAMSパリ決勝進出、2005年はミランとホーチミンで決勝進出、シドニーとバルセロナ、ロンドンのクイーンズでAMSパリでベスト4、と少しずつ大きな結果を残すようになり、そして2006年、ついにロッテルダムで、ツアー初優勝を果たしたのでした。

3ヵ月後にはAMSハンブルグ決勝進出、ウィンブルドンベスト8、そしてランキングは8位、ついにトップ10選手になりました。25才を過ぎてキャリア最高の成績を出したのでした。

順風満帆だったステパネクでしたが、その後予想もしない怪我に見舞われます。頚椎損傷で右手が麻痺して動かなくなってしまいました。ラケットどころか食器もろくに持てない失意の日が続きます。2006年はウィンブルドン以降ほぼ全くプレーできませんでした。一時は引退も考えたそうです。しかし懸命のリハビリで復活し、2007年にツアー復帰、夏のロサンゼルスで地元のジェームス・ブレイクを破ってツアー2勝目を挙げ、AMSモントリオールではベスト4入り、そして忘れてはならないのが去年の全米。2回戦でジョコビッチと死闘ともいえる5セットマッチを戦いました。結果は敗れましたが、その試合のすごさ、ステパネクの洗練されたすばらしいプレーは多くのテニスファンの心に刻まれました。

「あの試合は、僕にとって、お互いが、体力、知恵、すべてを出し切ったと感じられた唯一の試合だった。」

私生活でも大きな出来事がありました。2007年ヒンギスと婚約を発表し、そして解消し、その元フィアンセが薬物疑惑で引退。公私ともに大きな波を乗り越えてきたステパネクですが、今年も元気です。先週のサンノゼの大会では準優勝と、好成績を残しています。これから、今年どんな活躍をみせてくれるのでしょうか。


そのステパネクがサンノゼの準決勝で戦ったのが、アメリカ地元のジネプリでした。

2005年のジネプリは、ツアーで輝いていました。インディアナポリスでアンディ・ロディックを破って優勝し、その年の全米ではベスト4に入る大活躍、そしてAMSマドリッドでも準決勝進出。ランキングも103位から15位とうなぎのぼりで、トップ10がもうすぐそこまできていました。
しかし、2006年以降は不振に苦しみます。特に大きな怪我があったというわけでもなかったようですが、2005年の活躍がうそのように勝てない日々が続きます。特に2007年は、出場した大会で一度もベスト8以上にすすめず、ランキングは大幅に下がり、今年の全豪は本戦入りできず、デルレービーチは169位でワイルドカードをもらっての出場でした。

そのジネプリが、デルレービーチ、怪我からの復活の兆しをみせ勢いのあったフィッシュをフルセットで破り、約1年ぶりに、ツアーで準決勝進出。久々に味わう勝利の美酒に酔いしれました。コートを去るとき、トレーナーに向かってこう言いました。

「あぁ、勝ったときってこんないい気分だったよなあ、すっかり忘れてたよ。これはやみつきになるね」。

スランプに陥っていたジネプリは、負けることにすっかり慣れてしまっていました。「負けが続くと、それがルーティンみたいになっちゃって勝つ喜びを忘れてしまうんだ」。習慣とは恐ろしいとはよく言ったもので、たくさん勝っているときは、ひとつの負けがとんでもなく悔しくそれだけでどん底のように思える。しかしだんだん負けが多くなってくると、それに対して無感情になってしまうものなのだろう。それが接戦でも勝利への執念を忘れさせ、ますます負けるという悪循環に陥る。

ジネプリのその悪の連鎖を断ち切る手助けをしてくれたのが、Jose Higuerasさん。スペイン人の有名な人で、たしかペールとかコーチしてなかったっけ?去年から彼に指導を受けるようになって、だんだんよくなってきているという。

「僕のシーズンはここからがスタートだと、Joseは言ってくれた。」

そして翌週となった先週のサンノゼでは、No.2のジェームス・ブレイクをストレートの圧勝で破り、2大会連続の準決勝入り。今年、よい年になりそうです。


トップ100というのは、プロの選手にとってひとつの大きな目標だと思います。錦織くんもトップ100に入りたい、と語っていた。若い選手がぐんぐんランキングを上げていくのは、見ていてとても気持ちがよいものです。しかし、トップ100に入って、それを維持するのがいかに大変なことか。トップの選手はなかなか負けないし、下からはいきのいい若手が虎視眈々と狙ってる。中間管理職みたいな苦しみをこのあたりの選手たちは味わうことになる。ランクが上がって、また下がって、そしてまた再浮上。下から追い上げられ、突き落とされ、そしてまた這い上がる。100位というランキングをめぐる激しく、厳しい攻防が、今日も世界中のあちこちで繰り広げられ、新たなドラマを生んでいることでしょう。



The "Worm" is making his natural habitat on the tennis court(ESPN)
Llodra shines brightest in star-stripped Rotterdam(AFP)


今日の1曲
Falling Slowly/Glen Hansard, Markéta Irglová


このあいだはアカデミー賞が発表されましたね。映画「once~ダブリンの街角で~」の中で使われているこちらの曲が見事、歌曲賞を受賞、そしてパフォーマンスも披露してくれました。いろんなことをあきらめかけている人への希望の歌、と語っていました。

スポーツでは「再生」とか「復活」とかいう言葉はよく使われます。一旦のぼりつめて、その後下がって、成績が落ちたり困難があったからこそ、復活できたときの感激はひとしおだ。スランプや怪我でまた再浮上できるチャンスは誰にだってある。もちろん実際復活できるかどうかは、やってみないとわかりません。

Take this sinking boat and point it home
We've still got time
Raise your hopeful voice you have a choice
You've made it now

(この沈みかけた船をひきあげて、家に向かって漕ぐんだ
まだ僕らには時間がある
きみが選んだ 希望の叫びをめいっぱいあげてくれ
今ならできる)

聴いてみる
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コメント
この記事へのコメント
ご丁寧にありがとうございます
リンクまで貼っていただきありがとうございます。

3度も肩を悪くしていたんですね。
最近はずっとリタイヤが多かったですもんね。
でも、出る大会ではそこそこの成績を上げていたので、肩さえ治ればやれるという気持ちが強かったでしょうね。
昨年ナダルも倒していますもんね。

ピムピムは豪快なフォアハンドとサーブが好きな選手でした。
有無を言わせず「力ずく」で決めてしまうショットがカッコよかったです。

同じようなタイプのアンチッチが怪我から復帰してきて、調子を上げているので、アンチッチにはこんなことにならないで欲しいです。

グーガ、セレスは知っていましたが、スリッターまでが・・・
フォアハンド両手打ちといえば、セレスやギャンビルが有名ですが、彼もそうですよね。
正直あんまり知らない選手で、フランスのソルニエと読み間違えるくらいでしたが、ルビチッチをよく苦しめていましたね。
全然カッコ悪いプレースタイルなのに、いい試合をしているのを見て、結局プロの世界でも自分にとってやりやすい方法でやれればいいんだということが分かりました。

関係ありませんが、コリアのスパイダーマンウエアが近所のアウトレットで売られていました。
体にピッタリなウエアなので買いませんでしたが、なにか切なくなってきました。
ヒューと喧嘩をして、憎たらしいくらい小僧だった彼がこうも苦しんでいるのを見ると、悲しいですね。
もう一度だけでいいから輝かせてあげたいと思います。
ロッキーザファイナルを見た影響かもしれませんね(笑)
2008/03/01(土) 21:43:55 | URL | ゴラン #-[ 編集]
おつかれさまでした
>ゴランさん

レスが遅れてしまって申し訳ありません。

先日25才のヨアキムは引退を発表しました。全豪のちょっと後くらいだったかな…ちょうどグーガやセレスが引退を表明した時期と同じころだったかと思います。

肩の手術を3回やったそうですが回復せず、復帰するために練習するたびにまた肩を痛めてもっと長く休まなければならない、ということが続いて、ついに決意したそうです。

よく野球のピッチャーが肩を痛めますが同じような怪我だったようです。

昨年の10月のストックホルムが最後の大会になりました。

とても残念ですが、「人生の新しい目標を見つけなければいけないけど何があってもテニスはつづけたい」と語ってくれています。これからの人生が幸多いものになることを願ってます。

あとはオランダのスリッターも引退を表明していました。

グーガやセレス同様今年も引退のニュースがたくさんあって、切ないですね。

ATPの記事を貼っておきますのでご参照ください。

http://www.atptennis.com/1/en/2008news/jjohansson_retires.asp
2008/02/29(金) 22:03:57 | URL | さっち #jQoqE9no[ 編集]
ピムピム引退!?
返答ありがとうございます。
いろいろ書きたかったのですが、
驚いて真っ白になりました。

ヨアキム引退って本当ですか?
最近テニスニュース見ていなかったのですが・・・
若すぎです、悲しいです。
あのフォアハンド&サーブ、好きだったのに。
グーガ、コリア、ガウディオ(チャレンジャーでコリコリ王子に0-6でしかもクレー!で負けていてショックでした)、みんな消えてしまって本当に寂しいです。
確かにピムピムは怪我でリタイヤばっかりで、その度に気持ちを立て直していく気力が尽きてしまったのでしょうか・・・
2008/02/28(木) 21:03:03 | URL | ゴラン #-[ 編集]
個性派ぞろい
>ゴランさん

3人についての詳しい解説ありがとうございます!ロドラは本当に今年努力が実っている形になってますね。去年の夏からコーチを変えたりしたのがきっかけになっているようです。ジネプリの場合もそうですが、指導者の力って大きいものですね。
ところで最近はロドラのいたずらを聞きませんねえ。ルビチッチがおかえしに…それはないか(^^)

珍獣代表のステパネクは、本当に「苦労人」という言葉がぴったり当てはまりますよね。こんなにいろいろある人も珍しいかと…健康でありたい、という彼の言葉も、首を痛めたりしたことからきているのでしょうね。ヨアキムが引退してしまったことを考えると本当にその通りだと思います。しかしヒンギスといいニコちゃんといい、彼のどういうところに惹かれるのでしょうか(いやへんな意味ではなく純粋に)。一度聞いてみたいです。きっと年上の人というのは忍耐力があって包容力があるんでしょうか。しかしあの腕立て伏せのパフォーマンスはユーズニーのポーズといい、自分のキャラを前面に出していていいアピールになってますよね。ステパネクはファッションで十分個性的ですが。でも昔はみんなシャツをズボンに入れていたような気がします。時代が変わるとこうも変わるもんなんですねえ。

ジネプリのフォアって…そうだったんですか(^^;)なんかかわいそうな…でもそれでもあれだけの成績を残せるのは身体能力があるからなんでしょうね。たしかにマッチョですしね(それは関係ないか)。

松岡さんのあのキャラは素なんでしょうか?私は絶対ネタだと思ってるんですが。だって現役時代の松岡さんはほんとにかっこよくて憧れでした…でもウィンブルドンでベスト8を決めたときの喜び方でちょっとひいて……んで引退してテレビに出るようになって…うーむ。ま、違う意味で今でも好きなタレントさんではあります…。
2008/02/28(木) 02:06:44 | URL | さっち #jQoqE9no[ 編集]
笑いのつもりが感動に…
【問題】2005年、イバン・ルビチッチがマイアミの大会で自分のロッカーを開けたとき、すごく変わったものが入っていました。それはなんでしょう?
【解答】ロドラ

さっち杯アワードで一番笑った選択肢です!
シングルスに専念すると言ってサントロとペアを分かれたにもかかわらず、その後にサントロの方がシングルランキングが上になってしまう皮肉もあり、申し訳ないですが笑ってしまいました。
でも、そんなロドラ好きですねー
細身の体系から打つ綺麗なサーブ&ボレー。
全豪のダビデンコ戦を見たのですが、ポイントはダビデンコが取るのですが、テニスの上手さでいえばロドラの方が圧倒的に上でした。
ラケットの性能がよくない昔ならもっとランキングも上に言っていたのでは…と思ってしまいました。

1st Djokovic, N. 203
2nd Tsonga, J. 155
3rd Nadal, R. 119
4th Llodra, M. 107 ★
5th Youzhny, M. 95
6th Murray, A. 91
7th Federer, R. 90 ★
8th Blake, J. 82
9th Kohlschreiber, P. 77
10th Nieminen, J. 74
しかし、今のロドラとフェデラーのランキングには違和感を感じてしまうのは自分だけでしょうか…

ステパネックも好きです。
試合中パンツをズボンの中に入れるスタイルは彼ぐらいじゃないでしょうか(笑)
気合を入れるときには更にぎゅっといれるんですよね。
今年のATPテニスでのコメントが印象的でした。
他の選手が今年の目標について、ランキング50位以内が目標だとか言っている中、彼だけは健康に一年を過ごせることと言っていました。
すごく言葉に重みがありますね。
人柄もいい選手ですし、これからも頑張って欲しいです。

ジネプリはフォアハンドがプロの中では独特な人ですね。
昨日、アインシュタインの眼という番組で、プロの選手のトップスピンを特集していたのですが、初中級者は下から上に上げることでスピンを掛けるのですが、プロは押し出してボールを潰すことでスピンを掛けるのだとか。
ジネプリのフォアハンドはどっちかといえば、 素人のひじを使ったダメなスイングだそうです。
でも、ここまでいけるというのはすごいことだなって思います。

ちなみにこの日の松岡さんは、覚せい剤でも打ったかのようなハイテンションでした(笑)。
藤崎奈々子さん、少しひいていました。

3人ともがドラマがあって、それぞれを思って彼らの活躍を見ると感動してきますね。
最近のつまらない日本ドラマより、彼らの人生の方がずっと感動的だななんて思います。
2008/02/27(水) 23:10:34 | URL | ゴラン #-[ 編集]
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