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ローランギャロスの光と影
2009年05月18日 (月) | 編集 |
あまり長くならないように、がんばって短く書こう!と宣言したのもつかのま…あぁあいかんまた長くなっている…すんません。どうしても短くできん。今後努力していきます。

テニス選手は年間数十近くの試合をこなし、生涯に何百という試合を行う。そのひとつひとつにドラマがありその積み重ねなんだろうと思うけども、たったひとつの試合が、その人の選手人生を大きく変えてしまうことが、ある。

2006 全仏 準決勝
Svetrana Kuznetsova 5-7 7-6(5) 6-2 Nicole Vaidisova


14歳でプロ入りしたバイディソバは、順調にトップへの階段を上がっていました。翌年にはトップ100入りし、15歳でツアー初優勝、16才で東京を含むアジア3大会連続優勝も果たしました。ニックボロテリー仕込みの強力なフォアハンドとサーブを武器に、ランキングはうなぎのぼり。当時東京で勝ったときは「シャラポワ2世」なんていうトンデモな形容もされましたが、180cmを越える長身にブロンドの端正な顔立ちという年齢を感じさせない容姿も手伝って、一気にスター選手の仲間入りを果たします。人気だけでなく、実力でも、その年15位まで上昇、次世代を担う若手として期待は高まるばかりでした。

そして迎えた2006年、彼女は全仏で新たなステージへ踏み出しました。4回戦では当時女王のモレスモを破り、QFではヴィーナス・ウィリアムスを撃破しGS初の準決勝進出。そしてその準決勝も、クズネツォワを相手に第1セットを先取し、第2セットも先にブレイク、5-4で自分のサーブを迎えます。バイディソバの勢いはもう誰にもとめられないように思われました。初めてのグランドスラム決勝が、彼女にもっとも大きく近づいた瞬間でした。

…しかし、その第10ゲーム、人が変わったように、ミスを連発してしまいます。今まではちゃんと打てていたフォアが、どうしてできないのか…そして最後はダブルフォルトで、ゲームを落としました。
その後はタイブレに持ち込みましたがやはりミスがたたってそのセットを落としてしまいます。最終セット、最初のサービスをブレイクされ0-3となり、流れは完全にクジーにいってしまいました。

その後のバイディソワのキャリアには影が差し始め、大きな舞台や接戦でなかなか勝てなくなっていきます。翌年の全豪もSF進出しましたがセレナにこちらはストレートで敗れました。同年のウィンブルドンではイバノビッチと、全米ではペールと大熱戦となりましたが、いずれもファイナル5-7で敗れました。最近では、ステパネクの恋人ということくらいしか話題にならず、テニスサイトでも彼女の名前を見かけるのが難しくなっています。現在のランキングは、58位です。

2007 全米 準決勝
Svetrana Kuznetsova 3-6-6-1 6-1 Anna Chakvetadze


チェクもプロ入りして順調にキャリアを積み重ねていました。年を経るごとにランキングは上昇し、2007年には20才にして初のトップ10入り。この当時の女子テニス界の傾向であったハードヒット一辺倒の中で、パワーでの劣勢をカバーする「クレバーテニス」がヒンギスを彷彿とさせる、と評価されていました。同年代で同国のスター、シャラポワとよく対比されていたように思います。そしてその2007年、注目のチェクはシーズンの勢いを持続し、全米ではGS初の準決勝進出。序盤クジーのミスにも助けられなんなくセット先取し、夢のGS決勝進出まであと1歩と迫りました。

しかし第2セット、クジーのミスが減ったのと同時に、チェクにミスが出始めます。第1セットの流れはどこへやら、残りの試合はいいところなく、敗退してしまいました。ファナルセットは試合中涙を流す場面もあったようです。

その年は全米の躍進もあってツアーチャンピオンシップへの出場も決めたチェクでしたが、翌年以降はなかなか大会でも上位進出できなくなることが多く、もともとパワーが弱い彼女はその勢いを徐々に失っていきます。今年に入って、まだ3連勝できていません。ランキングは、22位。順位自体は決して悪いものではありませんが、かつての活躍を考えると、物足りないと感じるのは、私だけではないと思います。

奇しくも両方とも相手がクジーというのは偶然でしょうが…もちろんこれはクジーのがんばりが立派だということもできるし、第1セットとって逆転なんてふつうにあること。しかし、それ以前と、それ以降の2人のキャリアを考えると、どうもこの試合が、彼らの人生を狂わせたポイントになっているように、思えるのです。

でも、この2試合よりもっと悲惨な、切なくなるような逆転負けが、以前にありました。それは5年前のローランギャロスでの出来事でした。


2004 全仏 決勝
Gaston Gaudio 0-6 3-6 6-4 6-1 8-6 Guillermo Coria


2004年当時、コリアはクレーキングの名をほしいままにしていました。その前年モンテカルロ準優勝とハンブルグ優勝に輝き、全仏は準決勝でフェルケレックに破れましたが、夏のクレーコートシーズンは3大会連続優勝、翌年のモンテカルロも優勝し、ハンブルグでロジェ君に負けるまでクレー○連勝、とか言われていましたね。そして満を持して挑んだその年の全仏、連勝を止められたロジェ君はすでに敗退。モヤちんとの緊迫感あふれる準々決勝を制し、ライバルのナルバンディアンも破れ、コリアに死角なし。決勝では相手ガストン君に対して完璧なほどに優位に立ち、2セット先取。コリアの全仏初優勝は、時間の問題と、思われました。

だがしかし。

…なんでこんなことになっちゃったんだろ?今でもまだ、信じられない。私はまだ、5年前のこの敗戦が自分の中でひきずっている…。ファイナルセットはマッチポイントも何回かあった。このあいだのジョコビッチと同じ。もう勝つ寸前だった。勝っていた、はず、だった。でも、現実は、そうはならなかった。
途中コリアが足を痙攣させる場面がありました。どこかを器質的に痛めたという感じではなく、おそらく精神的なものだろうと言われていた。
もちろんガストン君はすばらしかった。最初あんなに劣勢に立たされてもあきらめず向かっていた。そんな彼に、神様はチャンスをくれた。そして、彼はものにした。優勝にふさわしいと思う。
それはそうなんだけどなあ…この試合は、忘れられない。

一気にどん底に突き落とされた感じのコリアだったけど、クレーコートでの強さは翌年もみせてくれました。モンテカルロと、ローマでAMS連続決勝進出。しかし、またしても彼の行く手を阻んだのは、王者フェデラーでも、ガストン君でもなく、新しいクレーキングだった…。
それ以降のコリアは、肩などの怪我に苦しみ、試合に出られない日が続き、ランキングはどんどん下がる一方。それでも今年までがんばって現役を続けてきていたけども、ついに、力尽きました。現在のランキングは、678位です。先日、現役引退を表明しました。


テニスはメンタルなスポーツ。もちろん体力や技術が先立つは当然のこと。単発的な一試合だけで考えれば、物理的な技術がものを言うこともある。でもやはり、最終的には、精神面は、体力や技術を大きく凌駕する。

「何かを失うことへの恐れは、ダークサイド(暗黒面)へといざなう。」
ていうのは、あの映画のパクリですが、スポーツの世界では、勝利を失うことへの恐れが、プレッシャーとなって、人に襲い掛かる。力になることもあるけど、どちらかというと力を奪うことのほうが多いように思う。「失うものはない」とよく下位選手が上位選手とあたるときによく口にするセリフが、それを物語る。トップになればなるほど、「確からしい」ことになる勝利が奪われることへの恐れは、強くなるばかり。

このテニスコートにひそむダークサイドがもっとも強力で恐ろしいのが、ローランギャロスじゃなかろうか。クレーの試合は長い試合になる。長くなれば流れも変わる。何がおこるかわからない。そしてグランドスラム。選手にとって、グランドスラムは特別なものでしょう。グランドスラムで勝つことは、テニスプレーヤーにとって、大きな夢であり生きるよりどころであるはずだ。だからこそ、落とし穴も、大きい。

もうすぐそのローランギャロスがやってくる。勝利の美酒を用意している天使の傍で、暗黒面が、大きな口を開けて、パリで待っている。

Kuznetsova downs Vaidisova to enter final(rediff.com)

今日の一曲
Ordinary world/Duran Duran

名曲ですなあー。いつ聴いてもしびれる。デュランの代表曲のひとつでもあります。ポジティブな歌詞で結婚式で使われることも多いですが、もともとは友人を亡くしたあとの前向きに生きようとする気持ちを書いたもの、だそうです。「ordinary」の訳が、なかなか難しい。イギリスのバンドですが、アメリカでもどこでも大人気です。「ノト~リアス」のヒットのあと一時低迷しましたがこの曲を含むアルバムを機に復活しました。結成が1978年だからもう30年選手かー。息の長いアーティストですね。 

コリアは結局グランドスラムはとれなかったけども、記憶に残るプレーヤーとして私達を魅了してくれました。小柄な体格でパワーもそれほどないのに、類稀な身体能力とフットワーク、ショットのプレースメント、体全体をいっぱいに使ってプレーする姿は今も眼に焼きついています。最後のほうは不遇なキャリアでしたが、今は心から、お疲れ様、ありがとうと言いたいです。コリアのこれからの人生が幸せであることを、願ってやみません。

どっちが勝ってもおかしくない超接戦で負けるのは、本当に辛いし悔しさは大変なものだけど、失うものはそんなに多くはないかもしれない。しかし、ほとんど勝ちを手中にしていて逃した敗戦の大きさは、計り知れない。挫折が人を強くする、とよく言われます。敗戦から学び、成長していく。それはとても大切なことだけども、あまりにも失ったものが大きすぎると、取り戻すのが困難、ということもあるのじゃなかろうか。それを、糧にしろとか、乗り越えろとか叱咤するのは、酷なことなのかもしれない。
コリアは、力尽きたけど、バイディソバやチェクは、でもまだ若い。取り戻す時間は、十分ある。簡単ではないでしょうが、彼女たちが、失ったものを取り戻すことができるかどうかを、見守りたいと、思います。


What has happened to it all?
Crazy, some are saying
Where is the life that I recognize?
Gone away

But I won't cry for yesterday
There's an ordinary world
Somehow I have to find
And as I try to make my way
To the ordinary world
I will learn to survive

(一体全体何が起きたんだ? 狂ってるという人がいる
自分が認識していた世界はどこへいったんだ
なくなってしまった
でも昨日のことを泣いたりはしない
普通の世界がある
なんとかしてそれを見つけなくちゃ
そして自分なりに努力していけば
きっと生きる道が見つかるさ)



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コメント
この記事へのコメント
記憶に残る選手
>ゆたさん

一ファンがこんなに引きずってしまっているのだから、当人や家族の辛さは計り知れないものがあったでしょうね。。。勝負の行方っていうのはなにが決め手になるかは誰にもわからず、運などという言葉は勝者に失礼ですが、本当にちょっとしたことが勝敗を決めてしまう勝負の世界で生きる人たちの厳しさを思います。でもGS決勝進出ってことでチャンピオンツアーには出られるのかな?エキシビジョンとかで元気な姿をまたいつか見せてくれるとうれしいですね。拙記事でしたが喜んでいただけてうれしく思います。
2009/05/20(水) 23:26:02 | URL | さっち #-[ 編集]
私も忘れられません!
さっちさん こんばんは
2004RG決勝、私も忘れられません。たまたま見ていて、翌年こそはコリアの優勝を見たいと思ったのが、テニス観戦のきっかけになりました。でもその後のコリアは・・・。誰かが不調に陥り、スランプといわれるのを聞くたび、コリアのことが思い出されました。アスリートとして乗り越えられなかった挫折も、人生の糧にならないとは限らない。コリアのこれからの幸せを願います。
さっちさんがコリアを記事にしてくれたこと、とても嬉しかったです。
2009/05/20(水) 21:14:31 | URL | ゆた #-[ 編集]
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