Fere libenter homines id quod volunt credunt.
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人生のリターンゲーム
2009年07月12日 (日) | 編集 |
最近ついってばかりですが、たまにはブログのほうも更新しないとね。
昨日、テニス殿堂入りのセレモニーが行われました。誰もが知ってるモニカ・セレス、全仏優勝者のスペイン人Andres Gimeno、デ杯でも活躍し引退後はアーサーアッシュなど選手のマネージメントに貢献したアメリカ人のDonald L. DellとDr. Robert Johnsonがめでたく殿堂入りしました。
今日はせっかくの機会なのでセレスの話を。ジョン・ワーザイムさんがSI.comのコラムに書いていたのがとてもすばらしい内容だったので、それをここでご紹介することにします。


今から20年前、一人の天才少女がテニス界に現れました。モニカ・セレス。当時15才だった彼女は、それからわずか2年の間に2つのグランドスラムを制覇し、WTAをリードする存在になりました。
グラフがゴールデンスラムを達成した直後に現れたこの新星に、新たなライバル関係の確立をだれもが確信したでしょう。実際、1991年から93年の全豪までの間に、出場した8つのGSのうち7つを優勝するという偉業を成し遂げました。勢いは完全に、セレスにありました。

フォア、バック両サイド両手打ちで、大声を放ちながら打つその様は必ずしも美しいとは評されませんでしたが、どちらからでも力強いショットを鋭いアングルに放つ、その情熱的なスタイルは、女子テニス界に「パワーテニス」をもたらした先駆者ともいえるものでした。
「(昔の自分のビデオを)見て、いいプレーをしてたわね~って思うのよ」。まるで別人のことのように笑ってそう話す35才の現在のセレスです。

1993年も全豪を当然のように制し、前年と変わらぬ活躍を誰もが確信していた。その3ヶ月後、あんなことが起こってしまうなんて、誰も知る由もなく。

全豪を制してから約3ヵ月後の4月30日、全仏の前哨戦としてハンブルグで行われていたクレーの大会、QFでマグダレナ・マレーバと対戦中のセレスは、コートチェンジで椅子に座っていました。そこへいきなり一人の男が現れて、セレスの肩にナイフを突き刺しました。男の名はGünter Parche。
彼はグラフのファンであり、グラフの女王の地位を脅かす存在であったセレスをあやめることでグラフの優位を守ろうとしたのでした。呆れるほどに身勝手で、幼稚で、恥ずべき行為。
テニス界における最大の悲劇が起こってしまいました。

それ以降セレスは約2年間ツアーから離脱。そしてすでに11のグランドスラムタイトルを持っていたグラフはその間さらに6つのGS優勝を重ねたのでした。Parcheの望み通りになったのです。

刺された傷自体は数ヶ月で癒えましたが、当然セレスの精神面は計り知れないダメージを受けました。”darkness”と彼女自身が表していますが、その2年間を経てツアーに復帰したのは95年。しかし、以前の誰も寄せ付けない最強のセレスでは、もはやありませんでした。彼女が種をまいた「パワーテニス」を受け継いだほかの選手のパワーに対抗できなくなっていました。
そして過酷な運命はさらにセレスにおそいかかる。コーチでもあり父親のKaroljさんが、胃癌に罹患し98年に逝去。一方セレスをどん底に突き落としたParcheは精神治療が必要とされ、2年間の執行猶予つきの有罪となり、一度も刑務所で暮らすことはありませんでした。

復帰を目指すセレスにとって一番のネックになったのは、中毒でした。ただし薬物でもアルコールでもありません。それは、「食べること」でした。



「自分の身におこったすべてのことに対しての治療が、食べることだった」。

食事をしたあとスナック菓子。外食にも出かければ家でもジャンクフード。
「それは食べ物というより、感情だった」。
「いつも食べたくてたまらなかった。でも結局それが私の人生を食いつくしてしまったのね。試合はコントロールできても、このことはコントロールできなかった」。

そうなると当然のごとく体重はどんどん増えていく。辛口で知られるチリのリオスからは、”fat butt”と揶揄され、体重管理についての批判もあからさまにされるようになり、ボーイフレンドともそれが一因で別れてしまいました。
それでもセレスのそのテニスの類稀な才能は、そんな状態でさえトップ10をキープできるに十分なものでした。というより、才能のみが、当時の彼女のキャリアを支えていたのかもしれません。セレスももちろん努力しました。ダイエット本を読み、フィットネスクルーを作り、以前のコーチを呼び戻したりしましたが、うまくいきませんでした。

そうこうしているうちにその体重が彼女を蝕みはじめます。2003年に体重過多が一因と思われる右足の慢性的な痛みに苦しむようになります。そして怪我をした足に重いサポーターをつけなければならなくなりました。「今思うと、体重があんなに多すぎる状態で1日何時間も試合をやっていて、動けなくなったときにコーチもトレーナーも近くにいないとどんなことになるかしら」。なんとかしなければという危機感がセレスを変えました。

その後の5年間は、セレスは減量に成功し適正な体重を維持します。しかも薬や、過度の運動など特別なダイエットはせずに。その秘訣は?
「自分が食べているものをはっきり認識して、ちゃんと向き合うこと」。
食べ物はあくまで食べ物であり、何かからの逃避や治療の手段ではない。
「”クッキーを食べない”ではなくて、”ひとつ食べて、残りは明日にとっておく”。消えてなくなることはないのだしね」。

後半のキャリアは不遇なセレスですが、人気は逆に以前よりずっと高くなりました。出れば優勝の事件以前の最強時代よりも、事件後苦しみながらがんばる姿が人々の心を打ったのかもしれません。それ以上に、セレス自身が変わりました。以前は、あまり選手仲間や周囲の人に心を開くことはなかったセレスが、心を開いて外の人々との交流を深めていきました。地に足のついた、試合以上に大切なものが人生にあるとわかっている数少ないアスリートとして。一般人と同じように買い物をしたり本を読んだり、もちろんお菓子を食べたり、お金のことで悩んだり、そして、失うものやしくじることを知っている。
「多くの人は、セレスと関わることで、彼女に自分自身を重ね合わせて見ていたのではないかしら」。
友人の一人であるダベンポートはそう語っています。

懸命にリハビリをしますがコートに戻ってくることはできませんでした。そして2008年に引退を発表しました。


今でも世界中を回ると、刺された事件のことによく言及されるのだとか。
「悲しいけど、私はそのことで知られているのよね。まそれも私の人生の一部だから。」

今でもテニスをときどきするそうですが、純粋に楽しむためだけにするといいます。そしてフォアは片手で打っているとか。勝利を貪欲に追求するあのストイックなセレスはどこへいったのか?
「そんなものもうないわよ」。
「テニスはすばらしいものだった。素敵なことにたくさんめぐり合えたし、プレーするのは好きだったけど、そういう人生はもう終わったのよ。よくアスリートが引退するのが辛いという話をきくけど、私にはそういうのはないわね」。

今のセレスは第二の人生を謳歌しています。建築や写真について学び、友人とジュエリーのデザインも手がけているとか。4匹の犬を連れて散歩し、テニスとは無縁の友達と一緒にいる。

「アスリートとして、世間の人と広く交流するか、わが道をいくか、どちらの選択もできる」。
セレスは前者を選びました。

そして最近は、Laureus基金を通じて女性の地位向上に取り組んでいます。それには過去の自分の体験があるからです。
「いろんなところを旅すると、女性があらゆる文化で不平等に扱われていると感じる。私の父は、アスリートの娘を持つこと自体でひどい思いをさせられていた。私はユーゴスラビアではオフィシャルなコートが許されず、練習コートや駐車場(?)でよくプレーしていた。今はセルビアに2人のトップ選手がいる。プロにはならなくとも、そういう女性の姿を知ってもらうことは大切なこと」。

かつてエナンは、今はなきお母さんと一緒に見にいったローランギャロスの決勝で戦うセレスを見て、私もいつかここで戦うと母に約束し、それを実行した。戦火を生き延びたイバノビッチは、同郷のセレスの活躍を見て励まされ、憧れ、そしてセレスと同じ全仏優勝を果たした。現代に活躍するトップアスリートたちに多大な影響を与えてきました。

あのとき刺されていなければ…今になってもそう思います。しかし、悲劇に見舞われたことで、今のセレスがあるのも、たしか。人生の頂点から奈落の底につきおとされた、そして乗り越えた、波乱の人生を経験してたどりついた今の自分を、セレスはこう表現しています。
「長い旅だったわね、少し時間はかかったけど、今私は、幸せよ」。

Monica Seles RETURN GAME(SI vault)
モニカ・セレシュ(Wikipedia)



今日の一曲
enigma.jpgReturn to innocence/Enigma

ヒーリング音楽の先駆け的存在。「sadness」もいいがこれもいい!
この独特なワールドには疲れた心も癒される…。


それは終わりの始まりではない
それは自分自身に帰ること

弱者であることを恐れてはいけない
強者であることを自慢してはいけない
ただ自分の心をみつめるだけ
それは自分自身に帰ること
ありのままの自分に戻ること

ENIGMA - Return To Innocence





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